濱口竜介監督作品「親密さ(2012)」と中編3本の感想|“言葉と乗り物”にますます浸る
先週に引き続き、Bunkamuraル・シネマの企画上映「濱口竜介監督特集上映《言葉と乗り物》+『寝ても覚めても』特別上映」に昼から籠ってきました。今回観たのは以下の4本です。
- 『親密さ(2012)』
- 『永遠に君を愛す(2009)』
- 『不気味なものの肌に触れる(2013)』
- 『天国はまだ遠い(2016)』
先週観た『ハッピーアワー(2015)』『PASSION(2008)』『何食わぬ顔(2002)』についてはこちらから。
日本映画初となるアカデミー賞作品賞ノミネートにより近作『ドライブ・マイ・カー(2021)』が世界的に注目を集めている濱口竜介監督。317分という超長尺作品『ハッピーアワー』の次に長い255分の『親密さ』ほか、中編作品3本の感想を鑑賞順に書いていきます。
この日は朝ベッドでうだうだしているとテレビから濱口監督の特集が(NHKおはよう日本)。「濱口メソッド」にも触れられており、きたる濱口漬けに向けて高まるのでした。高まりすぎてだいぶ早く着いたので、Bunkamuraの周りにちらほらと咲く桜に導かれながら散歩。
『あのこは貴族(2021)』に出てくる松濤っていうエリア、どのへんのことを指すのか知らなかったのですけど、Bunkamuraのあたりがそうだったのですね。せっかくなので興味本位に潜入。所詮は家なのに「素材が違う」って感じの邸宅たち、シャッターのおりたガレージには高級車が4〜5台停まり、外壁沿いにはなぜか警備員が立っていて——。なるほど清々しいほど世界が違う。日本で『パラサイト 半地下の家族(2019)』をやるとしたら丘の上はここかな……。
さて、余談は終了。本日もル・シネマは盛況です。最近シネコンで観たどの新作よりもお客が入ってるのほんとすごい。なんたって両隣に人がいるの久しぶりだもの。では行ってきます。書きやすそうな「である調」を今回は使わせていただく。
『親密さ(2012)』
ENBUゼミナールの映像俳優コースで濱口監督が講師を務めた際に作られた作品とのこと。前半では『親密さ』という演劇作品を創り上げていく過程を、後半ではその演劇公演まるまる一本を見せる構成になっており、「映画制作内幕+映画本編」な『何食わぬ顔(2002)』を思わせる。内幕編をカットした「short version」が用意されているのも同様。ただ『何食わぬ顔』が98分なのに対して本作は255分。総尺317分を誇る『ハッピーアワー(2015)』級の超長尺作品である。無名のキャストを起用しているのも『ハッピーアワー』に通じる。
正直、前半はかなり眠気を誘う。周囲も、浸っているのか寝ているのかわからない客が多かった。いかんせん声が小さいのである。静かな会話劇は苦手だ。でもおそらく、『何食わぬ顔』がそうだったことを考えると、本作も「後半」は一転して喋りまくりのザ・会話劇になることが予想される。そして予想どおり、後半は眠気も吹き飛ぶ言葉の嵐であった。ちなみに今回の上映では演劇公演の開演前アナウンスから「開演まで今しばらくお待ちください」的テロップで幕間(実際の10分休憩)に入るという仕掛けになっていた。最初の公開時から多分そうなのだろう。ロビーではコーヒーを買い求めるお客が多かった。
雑感をつらつらと。映画的なところで言うと、今の濱口作品には「車」のイメージが強いけれど、先週今週と過去作を観ていくことで元々は「電車」のエキスパートだったのだと知れた。電車、駅、ホーム、何かドラマチックなことが起きる場所。『何食わぬ顔』でも印象的に使われる、地下と地上を行き来する車窓。『ハッピーアワー』ほか多くの作品で見られる、連結部をまたいで別の車両から追ってくる誰か。夜の東京と蛇のような長い車両の俯瞰。同じ手法を何度も何度も再試行する「あからさまな作家性」がわたしはすごく好き。
また、小津安二郎をそんなに観ていないのでこれは知ったかぶりだけれど、小津的と言われる「正面カットの切り返し」で「会話・対話」を見せる常套手法についてあらためてその効果を思い知らされる部分があった。後半の演劇本編パート、とある男女が長めの会話をするシーンにて、この手法で会話が進んでいくのだが、しばらくすると新たなアングルが登場して舞台全体を映す。すると、今の今まで向き合って(そうでなくとも至近距離で)対話しているものと思い込んでいた男女が、じつは対極の位置にいると分かる。「映画の嘘」のネタばらしをされた気分というか、とにかく妙に衝撃だった。
映画の嘘と言えば、前半内幕パートにぬるっと滑り込んでくる「戦争」。またなんとも線引きの曖昧な虚構感で(というかほぼほぼ現実だし)気味が悪い。「2011年2月○○日」という非常にヒリッとする日付にも油断できない。ほんのちょっとだけ違う世界線を見せる感じは『偶然と想像(2021)』の第3話を連想したりもした。あと、もしかして濱口監督ってテロップには拘りがないのだろうか。もしくはあえてチープ(良く言えば無味乾燥)にしているのだろうか。『偶然と想像』の時は「あえて」だと思っていたけれど、他のどの作品を観てもテロップだけはいきなりワードかパワポかみたいなルックになるのでよく分からなくなってきた。
最後にどうでもいい情報。かなり序盤のほうで主役カップルが電車に乗り込むと、2011年当時掲出されていた「ペプシネックス×B'z」の広告が第二のカップルくらいの比率で思いっきり映る。B'zファンとして笑ってしまう。さらにどうでもいいことを言うと、最後のクレジットに「松本浩志」さんというお名前を見つけた。B'zは松本孝弘と稲葉浩志のユニットである(松本孝弘さんは本日3/27、61歳のお誕生日。おめでとうございます)。以上、誰も書いていないであろう見どころをお知らせして終わりとする。
『永遠に君を愛す(2009)』
58分の中編。とある結婚式当日を描くコメディ。年上の男に猛アタックをかける謎の少女、元彼の結婚式乱(?)入、不倫、神父とのシュールな空気感、いくつしみ深き……など、奇しくも現在公開中の『愛なのに(2022)』と『ウェディング・ハイ(2022)』を足して割ったような内容になっている。原作か??と思う(『愛なのに』脚本の今泉力哉さんは本作に出演しているらしいのであながち)。
「濱口組」からは河井青葉さんと岡部尚さんがメインキャストで出演。『PASSION(2008)』を思わせる関係性で、岡部さんが毎度不憫。また、これ非常に驚いたのが、長岡亮介(東京事変の浮雲)さんの出演! ぶっちゃけ本編と関係なくめちゃめちゃ歌っている。讃美歌まで歌ってくれる。事変が活動していなかった時期らしい。ファン必見。そういえば濱口監督が脚本で参加している黒沢清監督作品『スパイの妻(2020)』は浮雲さんが劇伴を担当している。このへんからのつながりなのだろうか。
わたしの大好きな立川と多摩モノレールが登場するのも嬉しいポイント。
『不気味なものの肌に触れる(2013)』
54分の中編。全体的に緑がかった、湿地帯のような映画。とにかく「肌」が美しく撮られている。主演の染谷将太さん、つくづく少女漫画みたいなお顔立ちだなと思う。綺麗で可愛くて、鋭く、怖い。「濱口組」からは渋川清彦さん、チョイ役で河井青葉さんなどが出演。
染谷将太さんらが日々鍛錬している不思議な踊りの先生として、振付家の砂連尾理さんが登場。砂連尾さんはドキュメンタリー映画『へんしんっ!(2020)』で初めて知った方なのだけど、意識していると結構いろんな作品でそのお名前に出くわす。『ハッピーアワー』にも関わっており、なるほどあのワークショップ、と腑に落ちる。正直わたしにはあまり理解できない世界である。
ちなみに本作でひとつのキーワードとなっている古代魚「ポリプテルス・エンドリケリー」は、堂本剛氏のあのエンドリケリの由来らしい。
『天国はまだ遠い(2016)』
38分の中編。『ハッピーアワー』のクラウドファンディングリターンとして作られたものだそう。「濱口組」からは、今回立て続けの鑑賞ですっかりファンになってしまった岡部尚さんと、お待ちかね『偶然と想像』第2話の玄理さんが出演。岡部さん演じる主人公はAVのモザイク付けが職業ということで『モザイクジャパン』かよと思ったが、実際のところは掴みに使われるだけでほぼ物語には関係ない(乱交モノを嫌がる理由に納得しつつも笑ってしまった)。
さて本作、端的に言ってすごく好みだった。なんだこのシュールな状況は、からの「そういうことか!!!」には大興奮した。大林宣彦的死生観、と言ってしまえば完全にネタバレかもしれないがつまりそういうことで、まあ『ふたり(1991)』的なアレである。
それからもうひとつツボだったのが、やたらフェティッシュに撮られる「シネマカメラ」。めちゃくちゃかっこいいので注目せざるを得ない。実際に使っている機材なのだろうか。映画学校の生徒は卒制にあんな本格的な機材を使えるのだろうか。ハグしたらピンマイクがガサゴソするのも無駄に細かくてよい。なんだろう突然のこの機材偏愛は。
映画は雨のシーンで終わるのだけど、8時間ほどの籠城を経てル・シネマの外に出たら現実も雨だった。何かドラマチックなことでも期待しながら電車で帰る。悪くない。
以上、今週もどっぷりの濱口竜介監督特集でございました。わたし去年の9月にシネマ・チュプキで『寝ても覚めても(2018)』を観たのが最初の濱口作品だったのですけど、そこから『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』そして今回の特集上映と一気に10本も観れて、しかもよく考えたら全部映画館で観てるんですよね。なんと幸運な。
アカデミー賞、いよいよ明日ですね。どうなるかな。楽しみです。
(2022年51〜54本目/劇場鑑賞)