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映画「ドライブ・マイ・カー(2021)」感想|サーブ900、舞台演劇、チェーホフ、手話、どの話をしようか。

現在公開中の映画『ドライブ・マイ・カー』を観てきました。


映画「ドライブ・マイ・カー」ポスター
映画「ドライブ・マイ・カー」ポスター


原作・村上春樹、主演・西島秀俊。第74回カンヌ国際映画祭では監督・脚本の濱口竜介さんと共同脚本の大江崇允さんが脚本賞を受賞されたことも大きな話題となりましたが、179分つまり3時間となかなかの長尺。レイトショーのない今、鑑賞タイミングを逃し続けておりました。

そんななか、つい先日同じ濱口竜介監督の『寝ても覚めても(2018)』を初鑑賞。これがかなり好きなタイプの映画で、うわーやっぱり見逃せないじゃんと思い直した次第です。

しかしこの映画、手短に内容を説明するのがすごく難しい気がしていて。タイトルから想像するほどロードムービーじゃないし、公式のあらすじにしても観賞後に見ると「それ書いちゃっていいのかな」とか思うんですよね。

そんなわけで具体的なネタバレ描写は避けつつ、あらすじっぽく展開を追ったり逸れたりしつつ、いろいろ雑多に書いていくことにいたします。

そんな雑感

西島秀俊さん演じる家福という主人公は舞台役者であり舞台演出家。劇中多くの時間は稽古の模様だったりするので、じつはあんまり気ままにドライブしてられる映画ではありません。

演出家として携わる演劇祭のため家福は愛車で広島を訪れますが、到着するや「会期中の運転は専属ドライバーに」と言われます。いやそれは困る。運転しながら戯曲と対峙するのが彼なりの仕事術。断ろうとするも、主催側も譲りません。根負けした家福は、三浦透子さん*1演じるドライバーに渋々愛車のハンドルを委ねます。

家福の愛車は「サーブ900」。ポスター等でも存分に使われている真っ赤な車です。日本では1980年代に人気を博した「スウェーデン車」だとか。わたしは今回初めて知りましたが、無骨で地味にかっこいい! 観終わった頃にはすっかり憧れの車になってしまっていました(とりあえず値段を調べました)。これだけ露骨に特定の車種を推した映画は洋邦問わず近年珍しいのでは。

そんな無骨なサーブ900をそつなく乗りこなす専属ドライバーのみさきも、また無骨でかっこいい人。てっきり彼女とのロマンスへ発展する物語かと思っていたのですが、頭から順に観ていくと「いやロマンスになんか発展しちゃダメじゃん」ってなりました。大丈夫です、そんな安い脚本じゃありません。とだけここには書いておきます。

さて、家福が演出している舞台はチェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』です。チェーホフといえば、濱口竜介監督の前作『寝ても覚めても』にもチェーホフの戯曲『三人姉妹』が登場しました。とか知ったような言い方をしつつ戯曲リテラシー皆無なわたしのチェーホフ知識、いまのところ100%濱口作品です。

チェーホフの銃」という言葉もあるらしいですね。こちらもわたし、つい最近読んだ北村紗衣さんの新著『批評の教室 ──チョウのように読み、ハチのように書く』で初めて知った言葉だった(p34)のですけど、じつはこの『ワーニャ伯父さん』に登場する銃(今回の劇中にも登場)が代表的な「チェーホフの銃」なのだそうで、わあ、となりました。


映画と手話

ちょっと長くなりそうなので一旦区切っておきましょう。

家福が演出する『ワーニャ伯父さん』は、多国籍な役者と言語を混在させた「多言語演劇」という独特のスタイルをとっています。舞台上には字幕が投影され、じつに9つの言語が入り混じっているのだとか。そのなかには「手話」を使う役者もいます。

耳は聴こえるけれど話せない舞台役者イ・ユナを演じるのは、韓国出身のパク・ユリムさん。本作のために韓国手話を学ばれたというパク・ユリムさんの演じるイ・ユナが本当に素晴らしくて……。誇張抜きに、わたし本作で一番好きなキャラクターは彼女です。惚れ込みました。伊藤沙莉さんから三枚目要素を抜いた感じのルックスも好きです。

彼女にスポットが当たるシーンはいくつもありますが、特に印象的だったのがまず、とある「食事」のシーン。劇中劇ではなく、家福とプライベートで夕飯をとる場面。ここでは同時通訳も字幕も出ない、ただ手話だけを見せてくれる時間があります。わたしは手話を全く知りません。でも彼女が打ち明けることを不思議と理解できてしまいました。それだけ伝わってくるものがあるということですね。

また、実質のラストシーンと言ってもいい、こちらは舞台上のシーン。今度は字幕付きで、かなり長回しの長台詞です。「二人の会話」ではあるのですがレスポンスは返ってこないような状況のため、音声としては長い沈黙が続きます。しかしここは本当に胸を打たれる場面です。観客も彼女の「言葉」に全神経を傾けます。沈黙を噛み締めるのに適した映画館という環境で堪能するこのシーン。なかなかに得難い体験でした。

手話と映画ってあまり親和性が高くないのではと以前は思っていたのですが実際は真逆で、手話ほど映画向きの表現方法はないのではないかとすら今は思います。この映画を是非とも映画館で観ていただきたい最大の理由です。

※当初このくだりに大林宣彦監督の映画『風の歌が聴きたい(1998)』についての言及を混ぜ込んでいたものの、あまりに思い入れが強くて全くまとまらず。書いて消し書いて消しを4日間繰り返した挙句、結局全部消して書き直したのが本稿であります。一応書いておくとこれ、まさしく手話の映画なんです。先週DVDを買って観直して、いたく打ち震えていたところだったのです。そんなタイミングで本作の手話演出とも偶然出会って、運命感じちゃっていたわけです。で、ここに供養。以上。

閑話休題

先にも書いたとおり本作、タイトルから想像するほどロードムービーではないのですよね。広島へナビをセットした時も「おっ、逃避行かな?」と思ったら普通に仕事だったし、ハンドルを他人に委ねてからも仕事場と宿の往復が続く。でもご安心ください、最後にしっかり長距離ドライブ用意されてます。

これいきなり北海道の、まあまあ雪景色なところに広島から直行するわけですけど、車のほうは大丈夫なんかなーなんて少し心配してたら、前述のとおりサーブ900は北欧の車なのでもともと雪にも強いらしいです。なるほど!

いろいろあってドライバーのみさきさん、映画が終わる頃には韓国にいます。KF94みたいなマスクをしてるのでコロナ禍に入っている設定でしょう(撮影自体もコロナ禍で中断したそうです)。そしてなんと、乗っている車は真っ赤なサーブ900! お気に召してしまったわけですね〜〜。しっかり確認できていませんが新たに探して買った(=家福の車ではない)のでしょうね。

さらに、大きなお犬様が乗っておられます。かわいい! こちらも、わずかな描写ですが前述の「家福とプライベートで夕飯をとる場面withイ・ユナ」のシーンで食事もそこそこに大きなお犬様と戯れてるみさきさんを確認することができますし、初見ではチェックし損ねましたがおそらくは韓国の家庭料理に舌鼓を鳴らしていたことでしょう。いいなあ、いい人生選んでるなあみさきさん。

言及が遅くなってしまいましたが、霧島れいかさん演じる「音」も本当に魅力的なキャラクターで。「名前が宗教的すぎる」っていうのは字面を見てようやく理解(笑) 彼女の声が必然的にずっと残り続ける設定もいいのですよね。彼女に関しては、あらすじや予告を見なかったのが(見ても忘れていたのが)とても幸運でした。

岡田将生さんもヒリヒリしててよかったですねえ。『寝ても覚めても』の瀬戸康史さんといい、監督はああいう感じの役者がお好きなのでしょうね。瀬戸康史さんがチェーホフの一節を独演し始める「なんだこれ」なシーンのアップデート版とも言える、岡田将生さんによる本作の「なんだこれ」は必見です。

西島秀俊さんは意外と映画で拝見するの初めてかも。『おかえりモネ』の朝岡さんには毎朝のように会ってるし、上映前には予告編で『何食べ』のシロさんにも会いましたけど、銀幕の西島秀俊、大変よい味わいでございました。あと、韓国語の通訳をしてくれたジン・デヨンさん好きです。みんな好きです。

本作は「3時間」という身構える長尺ですけど、実際のところはかなり居心地が良くて、トイレ休憩さえもらえればまだまだ全然観てられる感じでした。後味いいです。搾り取られるタイプの3時間ではないです。もう一度観たいなあと今これ書きながら思ってます。ご興味ある方は映画館でやっている間にぜひ行かれてくださいませ。

(2021年168本目/劇場鑑賞)

村上春樹の原作はこちらに収録。未読ですがどんな感じなんでしょうね。そういえば『寝ても覚めても』を観たときにイ・チャンドンの『バーニング 劇場版(2018)』をなんとなく連想していたのですけど、あちらも原作村上春樹でした。なお『寝ても覚めても』は村上春樹と関係ありません(ややこし)。

*1:ちなみに三浦透子さん、『天気の子(2019)』で主題歌などを歌っておられた方! 後から知ってびっくり。