公開初週は時間がとれず行けなかった『スパイの妻〈劇場版〉』、2週目に入ったら鬼滅さんの影響もあってか上映回数が早くも激減していてこれはまずいと思い、急いで行ってきました。黒沢清監督の最新作にして、第77回ヴェネチア国際映画祭で日本人としては17年ぶりの銀獅子賞(監督賞)に輝いた作品です(にしては、やっぱり減らしすぎだよ!)。
あらすじ
太平洋戦争前夜1940年の神戸。貿易商を営む福原優作(高橋一生)は旅先の満州でおぞましい国家機密を知ってしまい、スパイと疑われながらもあくまで正義を貫くため危険な計画を立てる。一方、夫が国家機密を抱えているなどと思いもしない妻・聡子(蒼井優)もいつしか秘密の断片を知り、夫の力になりたいと懇願する。そんなふたりをじっとりと見つめる、聡子の幼馴染・泰治(東出昌大)。彼は憲兵の分隊長に任命されたばかりだった。
雑感
黒沢清監督の作品はこれまで全く触れたことがなくて、今回が初見となります。時代物を撮られるのは初めてとのことで従来の作風とは異なるのかもしれませんが、感想としては超どストライクに「すごく好き」でした。彩度抑えめの美しい色調、静かで生々しく重厚な音響効果、要所要所で使われる古いフィルムカメラの映像、とにかく生理的に好きな映画でした。
1940年代の日本映画をイメージしたという切れ目のない台詞回しは、ときには演劇調に、ときには純文学的に感じられます。この半年ほど大林宣彦監督に傾倒していることもあり、台詞的な台詞、純文学的な台詞がとても魅力的に聞こえます。なかでも倉庫での、まさしく堰を切ったように優作が語り始めるシーンは絶品です。
役者陣もみなさん素晴らしかったですがやはり高橋一生さん、顔がいい(特筆すべき点)。一生さんには『シン・ゴジラ(2016)』の頃から惹かれ始めて、ドラマ『カルテット』『おんな城主 直虎』の頃にはすっかり骨抜きにされていたわたしですが、『直虎』があまりにも壮絶な最期を遂げる役柄だったためか自分の中での熱も一旦そこでピリオド、という感じでした。が、やっぱり、いい!! 再燃しちゃっております。
- アーティスト:菅野 よう子
- 発売日: 2017/08/23
- メディア: CD
蒼井優さんもまたこういう時代物がとても似合うお顔立ちで、現代物に出演されてるとき以上に魅力的に見えました。かといって和装ではなく、国民服令も出ている情勢なのだけれど洋装を貫くという、そんなところもまたツボで。声色もそこはかとなく昔っぽくて良かったです。そしてなんといってもクライマックス、ですね!(言いたい!)
ラストは一瞬キュッとなるんですけど、なるほどハッピーエンドへと繋がっていくのだろうと解釈できました。ちなみにわたし本作の配給会社「BITTERS END」を存じあげなくて、冒頭に表示されて以降てっきり英題かなと思って観ていたんですよね。劇中映画のラストもビターだったし、後味ネタバレ型タイトルなのかなって。でもおかしいなと思った、わたし的解釈ではスイートなエンドですもん。配給元だったと気付いたのはエンドロールです。なお実際の英題は『Wife of a Spy』とのこと。
エンドロールで気付いたといえば本作の音楽、東京事変の六弦「浮雲」こと長岡亮介さんが手がけられていたことを知っていたのに、観てる最中はすっかり忘れてました。ギターを使わないと浮雲さんの音楽はあんな感じになるんですね。普通に良かったし、逆に言うとあまり個性が出ないとも言えるかも。配信される頃に聴き直してみます。
細かいところでは、チェスが分かればもっと楽しめたんだろうなあとか(盤上の意味は読み取れないのだけど何か禍々しいオーラを感じた)、パンフレットのコラムによれば日本映画史がうっすら織り込まれているらしく大林宣彦監督の遺作『海辺の映画館─キネマの玉手箱(2020)』とも重なるなあとか(頻出する映写機や、さらには山中貞雄監督の登場までもが)、あとこれ「へえー!!!」と思ったのは、かなりお金のかかっているように見える市街地のセットがなんと大河ドラマ『いだてん』のオープンセットを丸ごと使わせてもらったものだった*1、とか! さすがNHK製作…!!
そう、書き忘れましたがもとはNHKの8K用単発テレビドラマ作品だったんですよね。でも観た感想としては非常に「映画的な映画」だと感じたのでおもしろいものです(夢のところとか、すごい好きだなあ)。淡々と静かな映画ではありながら映像も音響設計もとことん映画館向けに作られている本作、ぜひ劇場でご覧ください。
(2020年179本目/劇場鑑賞)