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主に映画の感想文を書いています

長野・上田映劇で観た「彼方のうた」の(長めの)はなし。

長野県上田市の上田映劇へ初めて行ってきました。もとより単純に行ってみたかったのと、昨年東京国際映画祭(TIFF)で観た『彼方のうた』を公開後あらためて観るにあたり、舞台となっている上田および上田映劇を訪れるなら今だろうと。

この冬一番の寒気とされた日、上田も昼間にして氷点下で、太陽は出ているのに粉雪がちらつくという不思議な天気。街の背後に山並みがどんと迫っている「信州の風景」含め、距離的にはさほど遠くない地でありながら旅情を強く感じる旅となりました。

上田映劇さんは100年以上の歴史を持つ映画館でございます。知らずに訪れたら怖気付くかもしれないほど「場末」感に溢れた外観をしていますが、正面玄関の重厚さ、外観に反した館内の温かい雰囲気など、「ついに来れた」と思わせる唯一無二さがあります。ついに来れた!

太い二本の柱に支えられた門構え。ガラスをはめ込んだ木の扉たちが素敵な風合い。
上田映劇の正面入口。建物全体の雰囲気はまただいぶ異なるので、訪れた際のお楽しみにどうぞ。

赤い色の、革張りのような雰囲気のシート(実際には革ではない)。比較的硬めのシートですが、とても座り心地よかったです。
上田映劇の客席。劇中では、このあたりの席で映画を観ています。

さて、『彼方のうた』。これまでの杉田協士監督作品に比べて「難しい」印象があり、二度目ならだいぶ見えてくるかな?と思っていたのですが、一度目から期間があったこともあり、この「二度目」では受ける印象もふりだしに。なので、パンフレットを買い(当然ながらTIFFではまだなかったので)、掲載されているインタビューや撮影台本などを読み、さらに上田のロケ地を巡ったうえで、同じ日の夜回で「三度目」を観ました。すると、今度はだいぶ見えてくるものが! というわけで、そのへんをつらつらと構成も何もなく書いてゆきます。

▼サングラスは隠密
聖蹟桜ヶ丘駅前、春が雪子に道を尋ねるシーン。これまでの周辺作品を知っている者なら「キノコヤだ」と一発でわかるファンサービス的シーンですが、あ、ちなみにキノコヤさんについてはこちらをご参照ください。

で、このシーン、道案内を求める場面に見えて、じつは春さん、キノコヤへの道は知っているし、それどころか常連なんですよね。お店がお休みなことも知った上での「がーん」。のちのシーンで他の常連客と入口で挨拶するところとか、二回目以降だとゾッとします。なお本稿では便宜上、上田での二回目(TIFFを入れると三回目)を二回目と表記します。

それから、剛への尾行。これ、初回では全然気づかなくて。というか、序盤からいろいろと違和感がありすぎて、状況を読むことを半ば放棄していたのかもと思うんですけども。二回目では、あ、めっちゃいるじゃん、尾けてるじゃん、って感じでした。この二つの不可解な行動は、どちらも「サングラスをした春さん」によるもの。本作における二大隠密シーンでございます。

▼剛の涙とカットされたセリフ
キノコヤへ連れてこられた剛が、春さんから何らかの衝撃的事実を聞いて絶句のち涙するシーン。たいへん想像の膨らむシーンなんですけど、パンフレットに掲載の撮影台本によれば剛が「キャラメル…」って言うんです。で、これ、映画だとカットされてるんです。

「キャラメル」といえば。春さんが参加しているワークショップで、春さん自身の記憶の再現として撮影している「シーン」に登場するセリフ「お母さん、キャラメルがいい」というのがあります。こっちはカットされてません。つまり、母との非常に印象的な記憶として「キャラメル」がキーワードとなっており、それは剛もどうやら共有しているらしいということ。

さらに、撮影台本によれば、上田でのシーンで雪子が春さんにキャラメルを手渡すシーンがあり、続けて「春さんはさ、天使なの?」と訊く。この一連の流れも、映画ではカットされてるんですよ。このセリフがあると、一気に『春原さんのうた』的・非実在感が増してくる。解釈させてくれる感じが出てくる。のに、なんなんだ!

ちなみにこの三人は親子ほどの年齢差がある設定(春さん(25)、雪子さん(45)、剛(45))となっているため、つまりその、死んでるとかじゃないほうの別離も想像できるけど、でもそれにしては春さんが剛と「駅のホーム」で最後に「会った」のは中学生の頃だそうで、ってことは物心つく前とかじゃないし、45歳チームが顔を忘れるほどの前とかでも全くないし、……なんなんだ!

他にカットされているところでは、マルジナリア書店(ドーナツとかも売ってる本屋さん)での春さんとえみさんのやりとりもそうで、店に入ってきた剛をめちゃめちゃ警戒しているくだりが台本にはある。これを読んでると、あのシーンは結構すんなり見れる。うぐぐ〜、カットしすぎじゃないですか杉田監督〜。マルジナリア=余白が多すぎませんか〜。ドーナツの中心が食べたい〜。これはこれで美味しいけど〜。

▼実食して見えてくる焼きそばのシーン
上田映劇で『偶然と想像』を観た後に春さんと雪子が訪れるのは、上田映劇のすぐ裏手にある中華料理店「檸檬」。冒頭から雪子が言っている「おいしいお店」とはここのことで、台本だと「バイクで3時間」とも言っています。実際わたしは高速バスで4時間くらいかけて上田へ行ったので、つまりこれは上田のことを指しているようです(例によってカットされてるけど)。

「あった、おいしいお店」と指差しているときに映る商店街。「檸檬」外観。中華料理店ですが、店構えは喫茶店のよう。居抜きなんでしょうか。
「あった、おいしいお店」と指さした先に(実際にその向きに)あるのが、「檸檬(れもん)」。店の外には映画のポスターが、中には監督やキャストのサイン色紙も展示されていました。

ちなみに台本でも劇中でも、ずっと「かた焼きそば」と言われていますが、正しくは「あんかけ焼きそば」。檸檬に入店したわたしが、ろくにメニューも見ず「かた焼きそば、ありますか」と尋ねたら、かたくないです、あんかけです、と補足されましたので、行かれる際はご注意を。

劇中と同じく、このあんかけ焼きそばには「小皿の和がらしをお酢で溶いて回しかける」というおすすめの食べ方があります。おかみさんご本人が出演しておられ、いま映画観てきたんですと話すと、照れながら、でも嬉しそうに色々お話ししてくださいました。ただ「食べ方」の説明は、恥ずかしがって途中までしかしてくれませんでした。映画で見て知ってるでしょ!のニュアンス。

大皿に平たく盛られたあんかけ焼きそば。たくさんの野菜と、きくらげ、大きなエビ、うずらの卵などが乗っている。シンプルなスープと漬物付き。絵を小皿に入った和からしもあり、これをお酢で溶いてかける。
見よ、これがあの、おいしい食べ物です。劇中と同じ席で食べました。

で、この食べ方、めちゃめちゃ美味しいです。このあんかけ焼きそばの実際の味を知った上で観るあのシーンは格別です。特に、実食してないと絶対気付かなさそうなポイントとして、食べてる最中の春さんが、鼻の上のほうをつまむような仕草、するんですよ。二度目で分かった。「からしのツーンか!」と。あれはきっとお芝居ではないですね。

▼撮影ワークショップに大体詰まってる
初めて観たとき驚いたのが、「ピアノ弾いてるのを撮られてる」シーン。これ、いわゆる劇中劇だったんだと。じつはこのシーンだけ、だいぶ前にYouTubeで見ておりまして。海外の映画祭出品に際して、なんかこのシーンだけ抜き出して公開されてたんですよね。

一体どんな映画なんだ?と思ってたんですけど、フルサイズで観てみると、なるほど、そういうワークショップの一環として「自分の記憶の中にあるもの」を撮っていたんだ、と。編集により「こういうワークショップですよ〜」という説明がその前に付いていることにより、謎だったシーンがすんなり入ってくる。これってすごい映画的。

でも、このワークショップで撮影した作品はあくまでその「説明」がないものなわけで、もし「作品」のみを見せられた場合、それがピアノのレッスンなのか発表会なのか、お友達と弾いているようなシーンなのか、そもそも「再現映像」なのかどうか、だとして、どんな記憶が収められているのか、この「作品」だけではわからない。それは春さんが撮っていた「キャラメルがいい」も同様。

で、『彼方のうた』もそうなわけですよ。何かしらの「そのもの」を撮っているのだろうけど、文脈が抜け落ちているからなかなかわからない。でも「作品」ってそれでいい。遠くからうっすら断片的に聞こえてくる「亡き王女のためのパヴァーヌ」みたいなものできっといい。あのピアノのシーンで「亡き〜」を聴いていなければ、多分あの鼻歌がそうであることにわたしは気付かなかったと思う。うん、だからあのシーンはこの映画の中核なんだろうなあ。

▼ふたつの川
上田を訪れた春さんと雪子が巡る「川」。ひとつめは、上田映劇から駅へ戻ってさらに反対側へ行ったほうにある千曲川。遠くに見える赤い鉄橋には上田電鉄別所線が通っており、別所温泉へ行けます。

千曲川。とても大きな川で、そこそこ近くまで行ってもまだ水面までは距離があります。
この川で水辺まで降りるのは、じつは結構大変そう。

そしてもうひとつは、上田映劇からさっきとは逆側へ行ったほうにある矢出沢川(やでさわがわ)。劇中では寂しげな雰囲気の漂う橋ですが、実際にはとても素敵なお店が立ち並ぶ通りの先にあります。

橋の上から見た矢出沢川(やでさわがわ)。こちらは住宅の合間を流れるような小さな川です。
上田映劇名物の「映劇はんこ」を掘っている「コトバヤ」さんというお店も、この橋の通りにあります。

矢出沢川にかかる橋の欄干。
二人がもたれていた欄干。もっと引いて、望遠気味で撮らないとだめでしたね。

ふたつの川で実際に音も録ってみたんですが、確かに千曲川じゃなくてこっちかも、という実感。ちなみに、矢出沢川のシーンで雪子が一旦離脱する先は、また上田映劇方向へ戻ったほうにあるお店のようです。定休日だったので行かず。ここでは、またしても台本から大きくカットされたくだりがあるのも興味深いです。

▼結局わからず。
合計三回観たところで結局「わからなさ」の強度が増しただけという感じもある『彼方のうた』でしたが、「わからない」話なんだなということがはっきりしたので、なんとなくこの映画を前よりも好きになっている気がします。少なくとも同じ旅をしたし。行けてないのはマルジナリア書店(キノコヤさん界隈で名前はよく聞くけどあのお店がそうだとは!)と世田谷美術館くらい? 春さんがぼーーっとしてたところにも行きたい。あのシーンは、怪訝な顔してる向かいの通行人がよい。あと、パンフレットに筒井武文さんが寄稿している「杉田協士作品論」も面白いです。SF説、いいなあ。

書くまでに一週間かけちゃったせいでもう上田映劇さんでは上映終わっちゃいましたが、まだまだ続いてゆきますので是非どこかでご覧くださいませ。おそらく杉田作品はソフト化・配信されません、何卒、映画館で。

ああそうそう、上田映劇の二回目で観たとき、前のほうに座っていた常連客らしきおじさんが映画終わるや否やこちらへぐるっと振り向いて「…どういうこと??」って訊いてきたの、シアター一期一会でよかったです。「三回目でようやくちょっと見えてきました」って答えました。