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主に映画の感想文を書いています

映画「偶然と想像(2021)」感想|ありがとう会話劇、大好きです。映画館で笑おう。

ドライブ・マイ・カー(2021)』も記憶に新しい濱口竜介監督の新作『偶然と想像』を観てきました。年末に観てしまうとシネマランキングが崩壊すると話題の作品ですが、我慢できなくて。まあ、噂に違わずとんでもなく面白かったです。はい。

で、きっとどこでもこんな前置きから始まってると思うんですけど、ネタバレ厳禁、何も知らずに観に行ってください!っていう系の映画でございました。なのでまず最低限のことだけ書いてあとはネタバレ感想としてしまいますゆえ、楽しみにしているという方は特に読まれないことをおすすめいたします(もう二段落ほどネタバレなしで書きます)。

とりあえず本作、3つの短編から成るオムニバスです。映画のタイプとしては完全に会話劇ですので、会話劇好きな方にはたまらないはずです。逆に、会話劇あんまり……っていう方には100%おすすめできません、ってくらい会話劇です。

それからこれはぜひ映画館で観ていただきたいですね。近年稀に見る、笑いの起きる映画です。その点では『街の上で(2021)』なんかも相当なものでしたが、本作は短編3作品それぞれに笑いどころがたっぷり用意されていることもあり、肩を震わせることになる頻度ではあれ以上だと思います。今回わたしが観たBunkamura ル・シネマではかなりいい笑いが起きておりました。

では以降、ネタバレを含む感想となります。 気分的に、文体はである調に変更。何卒。


映画「偶然と想像」ポスター
映画「偶然と想像」ポスター


第一話「魔法(よりもっと不確か)」

監督お得意の車中シチュエーションで繰り広げられる本作トップバッターの会話劇がとにかく絶品。タクシーの後部座席に隣り合って座る女性ふたりのたわいない恋バナを固定アングルで延々見せられるというこの贅沢。まるで舞台のよう。あ、こりゃ会話劇だめな人には絶対おすすめできない、と思った。

玄理さん演じる「つぐみ」の自惚れ強めな運命的出会いの話も、古川琴音さん演じる「芽衣子」のそれに対する軽めなリアクションもともに堪らなくて、「会話エロっ!」で完全に満足度メーターが振り切ってしまった。が、第一話としても映画としてもまだまだまだ序盤。これがずっと続くことになるのである。なんという。さておき会話ってエロいよね、わかるわ。

そして芽衣子がタクシーを引き返させるところから、なるほどそういう話ねと見えてくる。古川琴音さんと中島歩さんの、ここにきてますます舞台色の増した棒読みな口論が心地いい。喧嘩すらリズムがいい(とご本人もおっしゃる)。もう一度「おまえ」って言ったら帰るからね! じゃあ、おまえ。なッ……。わたしの観た回ではここがファースト笑いだった。

からの終盤、カフェのシーンで笑いは最高潮となる。怖ぇ女!!な場面だが、ズームインアウトという映画的マジックによりそれは妄想として処理される(ちなみにあそこは通しで撮っているらしい。『ラストナイト・イン・ソーホー』のダンスシーン的なことだ)。わたしああいう妄想処理は好きじゃないのだけど(『ベイビーわるきゅーれ』冒頭しかり)、この場合は芽衣子がぐみちゃんを「親友」と言っていることから妥当というか納得というか、妄想でよかった、彼女がまた誰かを傷つけて傷つかなくてよかった、と思えた。

ときに、この話は渋谷が舞台。わたしは普段そんなに渋谷で映画を観ることはないのだが、この日は偶然Bunkamura ル・シネマを選択していた。せっかくなので芽衣子がふらふら歩いてた歩道橋とか、プチ聖地巡礼をしながら帰った。

第二話「扉は開けたままで」

正直あまりにも第一話の世界が良かったもので、いきなり別の世界に移るのは抵抗があった。でも結局第二話も第三話も毎回引き込まれて、毎回笑って、毎回大満足する。この過程が3回もあるというのはなんと贅沢なことなのか。短編集の満足度、卑怯なり。

さて、この話はエロい。所詮わたしもただの男なので、年上のおねーさんから「年下め!」とか言われたい。濱口監督の描くエロさは趣味が合う。全くの余談だけれど、UDCastで音声ガイドも聴いていたので、なるほどこういう服はサマーニットと呼ぶのか、などという知見を得た。

この話のいちばん強烈なところは、森郁月さん演じる「奈緒」の朗読である。やたら官能的な、でもよく聴くとそういうわけでもないような、でも明らかにそういう湿度の「テクスト」を延々と読む。このときわたしは脳内に「その画」を詳細に思い浮かべていたが、満員御礼のル・シネマ、この大量の頭たちの上にはそれぞれの「その画」が浮かんでいるのか、今この場の全員がそんなことを考えているのか、と思うと大変「なんだこりゃ」な時間であった。

ともあれこちらとしてもハニートラップに負けそうになりながら悶々していると、想定外の腹筋崩壊案件が起きる。ちょっといい話になっているのも可笑しい。次の話もそうだが、これはセラピーなのである。会話っていいな。最後の佐川事件も最高。いい幕引きです。いや待て、まだ続ける気か?

ラストの後日譚は要らないのでは、と思った。しかしまたしても裏切られた。想定外の「再発」。観賞後しばらくしてから気付いたのだけど、彼女が彼と距離を詰めないようにしていたのは、嫌いとかではなく「再発」を恐れてのことだったのか。そしてイケナイ関係が成立した瞬間、抑えていたものが完全に覚醒した。あの一転らんらんとした眼差しと、シャキッと伸びてしまった背筋が忘れられない。『寝ても覚めても(2018)』を思わせる強烈さの、やべえ映画だった。

第三話「もう一度」

まさかのSFである。ITエンジニアが職を失ってしまう世界、映画が配信で観られなくなった世界。こういう、ガジェットに頼らず設定だけで魅せるSFは大好きだ。仰々しく設定をばーんと出したわりにはそこまで関係してこないのもそれはそれで好きだ。

さて、今回はなんだか普通にいい話。仙台駅のエスカレーターで再会ごっこをしたい。とらやの羊羹を凍らせるとちょっといいあずきバーになるのか。彼女が最初に「パートナー」という言葉を使うのも効いてていいな。そんなことを思いながら観ていると、とんでもないことが起きる。そんなのあり???

占部房子さん演じる「夏子」のぎょえーー戸惑いーーな表情もいいけど、河井青葉さん演じる「あや」の天然なのかなんなのかどこまで本気なのかわからない感じがすごくいい。『プリズン・サークル(2019)』で知ったセラピーの手法「二つの椅子」を思わせるような、独特な「浄化」の過程が印象的。

偶然出会ったふたりが特別な関係となる刹那的な話に弱いので(ラブストーリーであれば『ビフォア・サンライズ』とかがその極み)、そういった視点からみても非常にしっとりと好みな話だった。短編集の締めにこのちょっとクールダウンな一本を選んでいるのもニクい。

以上、『偶然と想像』全三話の感想でした。ちなみにですが本作は全七話構想となっているそうで、あと四話も『偶然と想像』を観れるのか!!という喜び。めちゃくちゃ楽しみです。濱口竜介監督の作品、まだ観ていないもののほうが多いのでそのへんを観ていくのも楽しみです。

これをもちまして2021年映画鑑賞納めといたします。全226本、劇場鑑賞は113本(ちょうど半分だ)。まとめはまた今晩か明日あたりに。いつも読んでくださっているみなさま、ありがとうございました。どうぞよいお年をお迎えください。

(2021年226本目/劇場鑑賞)