「梟-フクロウ-」「落下の解剖学」のはなし。
ちょっと溜め気味。でもこの2本、観た方であれば「あ、狙ってまとめたな」と思われるかも。要素としてわかりやすく共通点のある2本ではあります。
▼新宿武蔵野館にて『梟-フクロウ-』鑑賞。盲目の鍼灸師がドロドロの政治劇に巻き込まれてしまう韓国時代劇スリラー。古くはオードリー・ヘプバーン主演の『暗くなるまで待って』から、いわゆる盲人スリラーはひとつの定番ジャンルになるかと思いますが、朝鮮王朝時代を舞台にした韓国時代劇でそれをやるのはとても新鮮に感じました。「歴史の空白もの」でもあります。
個人的には韓国時代劇ってあまり得意ではなく、没入するまでに時間がかかってしまったのですけども、一度話が見えたらあとは最後まで面白かったです。「引っ掛かり」の演出がすごく巧くて、ちょっとした違和感を、ちゃんと「ちょっとした違和感」として気付かせてくれるというか、「あっ、だよね?!」みたいなことがどんどん増えていって、そこが快感でしたね。追い詰めたつもりの「え、あ、だめ、だめだ、だめえええ!!!」とかも最悪で最高。
あと、主人公の秀でた聴覚表現を表現することにのみ大胆なサラウンドが使われているのも印象的でした。ベタといえばベタだけど、彼の耳にはこう聞こえているよというのが3Dのようにスクリーンを飛び出してくるんです。なんかね、記憶の中で本当に、客席の上まで音がかたちとして飛び出てきている画が残ってるんですよね。これは映画館で観てこそ、の体験でした。
あ、映画館体験といえば。この日ね、アトロクの放課後Podcast #20(今年の353logはこういった説明を省きます)を聴きながら向かってたんですよ。ちょうどなんか、都内の映画館の話をしてる部分で、テアトル新宿とかシネマカリテとか新宿の映画館の名前が次々出てきて、ディレクターみのわださんが「新宿武蔵野館だったら『梟—フクロウ—』やってますよ」って言った瞬間にわたし武蔵野館の敷地に足を踏み入れたんですよ。流石に感動通り越してゾゾッとした。そんなシアター一期一会。
▼新宿ピカデリーにて『落下の解剖学』。掴みは雪山サスペンスですが、全体で言えば法廷もの、なのかなー。単に会話劇という気もします。とてもむずかしい。とりあえず、ミステリーではない!
導入はこう。人里離れた山荘みたいな家で、高いところから男が落ちて死んでしまう。その家には男の妻と一人息子、計3人しか住んでない。そして妻も息子もその瞬間を「見てない」。事故か、自殺か、他殺か。捜査線上に浮かび上がるのは、男の仕事上のライバルでもあった妻による、何らかの関与。果たして真相やいかに。
——で、まあ、言っちゃえば、判決は出るけど、真相は死者のみぞ知るなのです。だからほんと、検事の煽りにてめえ〜〜〜〜〜ってなったり、突然出てきた録音資料に頭抱えたり、いくらなんだってこの状況は酷だわと居た堪れない気持ちになったりしながら裁判所に通う、傍聴席映画みたいな感じですかね。結構な長尺なんですが今回わたしは一度も眠くなることなく、気持ちは前のめりでずっと食いついてました。期待したような感情は得られないけど(と主人公も言っている)、これはこれでとてもおもしろい。
わりかし妙ちきりんな映画でもあって、人形落っことして検証してるシーンとか再現CGとか何となく笑っちゃうし、いろんな質感の映像が混在してるのも興味深いし(テレビがあの画質なら、あの世界なんなん??)(タイトルバックの時点からデジタルとアナログ混在してるからかなり意図的なんだろうな〜)、これは単純にすごいとこだけど犬が名優すぎ。めっちゃ訓練したんですって。なお死にません、安心してください。
被疑者たる妻にあまり感情移入できないという感想も見ますが、わたし的にはかなり妻推し。あの口論は、『夜明けのすべて』にも出てきた「人にやさしく 自分にもやさしく」の話だと思っていて。あんだけド正論モードで言われたらどうかとも思いつつ、いや、でも、基本的には気遣いのある話し方をする人という印象なんだよな、あの奥さん。わたしなら弁護しちゃうなあ。ていうかあの弁護士も結構好みなんすよ。前髪セクシーだな。中華せつない!
いじょ、会話劇楽しみたい方には『落下の解剖学』おすすめです。あ、あと、あえて触れなかった息子のことも、いろいろ巧かったしディテールよかったなーと思いました! あの巧さは『梟-フクロウ-』的!