映画「こころの通訳者たち~what a wonderful world~(2021)」感想|手話を音声で表現し直す、挑戦的探求のドキュメンタリー
前の記事でお知らせしたイベント「みんなで開こう、広げよう、ユニバーサル上映会」に参加してきました。ご縁があって今年の2月から懇意にしていただいている東京・田端のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」の開館5周年と、その運営母体「バリアフリー映画鑑賞推進団体 シティ・ライツ」の20周年を記念したイベントです。
第一部のシンポジウムに続き、第二部では『こころの通訳者たち~what a wonderful world~』という長編ドキュメンタリー映画の上映がありました。じつはこちらチュプキ製作の映画で、この日が初お披露目! チュプキは最大20席程度の超超ミニシアターですが(参考:チュプキで行われた初号試写の様子)、その10倍、約200名ほどの観客が記念すべき初上映に立ち会いました。
本作を手掛けたのは、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に(2019)』の制作・公開に密着したドキュメンタリー映画『<片隅>たちと生きる 監督・片渕須直の仕事(2019)』の山田礼於監督。つい先日、10月から11月にかけての一ヶ月ほどで撮影されたという超スピード制作で、当ブログでも比較的最近書いたばかりの『映画:フィッシュマンズ(2021)』や『津軽のカマリ(2018)』などのポスターが、作品内で登場するチュプキに飾られています。
さてこの作品、まず簡単に言うと「映像作品に音声ガイドを付けていく過程を追ったドキュメンタリー」です。なのですけど、その音声ガイドを付けようとしている映像作品というのが「演劇公演に舞台手話通訳を付けていく過程を追ったドキュメンタリー」なんですね。音声言語を視覚言語に変換するものである「手話通訳」を、見えない人に向けた「音声ガイド」で音声言語に再度変換し直すという試みなんです。
あらためてすごくややこしい言い方でまとめると『「演劇公演に聴覚障害者向けの舞台手話通訳を付けていく過程を追ったドキュメンタリー」に視覚障害者向けの音声ガイドを付けていく過程を追ったドキュメンタリー』ということになります。もっと言うとこの映画全体にもまた音声ガイドが用意されているので、ちょっとした無限ループみたいな、とんでもない多層構造の、挑戦的な映画となっています。
現時点で配給未定、シネマチュプキでの一般上映も来年までおあずけという出来たてホヤホヤの作品なため、今回ここでどこまで具体的なことを書いたものかなあと迷っているのですが、うん、まあいつも通り思ったこと感じたことをつらつらと書いていきましょう。
こんな映画を連想した
この作品を観て真っ先に連想したのは、一見まったく接点のなさそうな『カメラを止めるな!(2017)』でした。『カメ止め』は「何がなんやら分からないまま見せられた映像を、その内幕を経てまた違う視点からリプレイすることで浮かび上がる面白み」が大きな魅力の作品です。
本作の場合も、(何がなんやらではありませんが)最初に「舞台手話通訳のドキュメンタリー」をさしたる前置きもなく「まずは一本」観ることになります。というのも、開始30分くらいで早々にエンドロールが流れるんです。あれ??終わり?? と思ったら「音声ガイド制作のドキュメンタリー」が新たに始まる。この多層構造な感じ、まさしく『カメ止め』のそれなんですよ。
で、非常に興味深い音声ガイド制作の過程を経て、最後にもう一度「舞台手話通訳のドキュメンタリー」がリプレイされます。全く同じ映像なのですが、今度は音声ガイドやボイスオーバーがみっちり入っています。これがもう、受ける印象が全っ然違うんです。こういうことだったのか!とここにきて気付かされる、ドキュメンタリー映画という手法の奥深さを見せつけられました。
また、これは元のドキュメンタリーから着想を得ているのかもしれないのですがリモート会議の映像を使ったシーンが多く、リモート映画としても「今はこういうことができるんだなあ」と驚く仕上がりになっていました。そういえば『カメ止め』もコロナ禍初期に『カメラを止めるな!リモート大作戦!(2020)』というリモートでのスピンオフ作品を作っていましたね。
さらにこんな映画も連想した
もうひとつ連想した映画は『へんしんっ!(2020)』です。こちらは「しょうがい者の表現活動の可能性」をテーマとしたドキュメンタリー作品なのでそもそも関連性が強いのですが、この作品で扱っていたこと、挑戦していたことをさらに突き詰めたような作品であるとわたしは本作『こころの通訳者たち』を観て思いました。
当時『へんしんっ!』を観て抱いた感想のなかに、こんなものがあります。
・自分の持つしょうがいのことを人に知ってもらいたかったら、他のしょうがいのことも知っていかないといけない。そんな旨のことを全盲の美月めぐみさん(※)が言っておられたが、その少しあとで美月さんがろう者の野﨑静枝さんと対面する際に手話で自己紹介をされており、すごく感動した。
・目の見えない人、耳の聞こえない人、肢体が不自由な人、いわゆる健常な人、日本語を発声して話す人、手話で話す人、手話を日本語に通訳する人、しょうがいのあるなしに関わらず表現活動に長けた人、様々な人たちが一堂に会して話し合う終盤のシーンがなんだかすごく好き。全員日本人だけど、まるで多国籍な集まりのように見える。かっこいい。
(映画「へんしんっ!(2020)」感想|身構えるものじゃなくて単純に面白いドキュメンタリー! - 353log/※美月めぐみさんはシティ・ライツの副代表。今回のシンポジウムにも登壇されました)
本作では舞台手話通訳に音声ガイドを付けるにあたり、見える見えない、聴こえる聴こえない、音声言語を使える使えない、様々な立場の人たちが検討会に参加します。最初はこの試みについて手話通訳者の方から「乱暴」とまで言われてしまうのですが、しかしそこで折れずに、それぞれの納得できるポイントを執拗に探求していく過程が非常に印象的です。
最初に渋い反応を隠さなかった手話通訳者の方は、それだけ手話に魅力を感じ、表現力の深みを知っておられるのだと思います。そのぶん、その優れた言語を音声言語に、それも限られた文字数で置き換えられてしまうことが許容できなかった。わたしは手話の歴史について全く知らなかったのですが、音声言語より劣ったものとされ抑制・迫害されてきた過去があるということで、冒涜のように感じられるのも無理のないことなのかなと想像しました。
ただ、その言語間の行き来を制限してしまうことは自ら壁を作ることでもあり、コミュニケーションの幅を狭めてしまう、バリアフリーとは相反する考えであるとも言えます。『へんしんっ!』で美月めぐみさんが話されていたこととも繋がるはずです*1。
紆余曲折ありながら最終的に、元のドキュメンタリーに登場していた方々も次々とプロジェクトに参加。そして、第三者のみではなく当事者・関係者を片っ端から引き込んで制作された「一つの解答例」がお披露目されます。ぜひ、早く、多くの方に、この成果物を観ていただきたいです。
上映終了後の舞台挨拶もまた『へんしんっ!』を思わせるものでした。上記引用で挙げた「一堂に会す」シーンを実際に見せてもらえた感覚です。さらにこの日はサブスクリーンに要約筆記が投影され、会場の様子を実況する生音声ガイドもイヤホンから聴こえていました。コミュニケーション術の博覧会とでも言いますか、言語に壁のない感じが本当にすごかった。手を叩く拍手と手話の拍手(挙げた両手をひらひらと回す)が自然に入り混じる様も、どう言っても陳腐になるけれど、感動的でした。
ついでにもうひとつ連想した映画が『ドライブ・マイ・カー(2021)』です。舞台挨拶にてTA-net(特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク)理事長・廣川麻子さんが手話でお話されている時だったでしょうか、正面に座った手話通訳の方が音声言語としての同時通訳をされていたのですが、このあたりでわたしは『ドライブ・マイ・カー』のラストシーンを思い出していて。あの劇場に今いるんだ、と目頭が熱くなりました。あの映画と同じような実体験をさらりとできる環境に自分が入ってこれたんだということにも大きな喜びがありました。
この日は場内スタッフとして参加させていただいて、一度も使ったことのなかった手話(ありがとう、など簡単なもの)を初めて使う機会があったり、筆談でご案内する機会があったり、視覚障害者の方の誘導もなんか自分に向いてるなあと思えたり(お話するのが楽しい!)、いわゆる福祉とカテゴライズされるであろうものに全く無縁だと思っていた(シティ・ライツのボランティアに申し込んだ際もそういう部分はチェックを外していたはず)のがまさかこんなかたちで、と嬉しい驚きだらけで……。忘れられない一日です。
だいぶ脱線してしまった感がありますけども、この映画については遅くとも来年2月ごろにはまたいろいろ語ること必至ですのでその時にまた、今回書き漏らしたことや新たに感じたことなど書いていけたらと思います。
ちなみに、冒頭で「まず一本」観ることになるというドキュメンタリー『ようこそ舞台手話通訳の世界へ』は、制作元であるTA-netさんのYouTubeチャンネルにて全編公開されています。
わたしも帰ってきてから早速あらためて観たのですが、もちろんこれだけでも非常に興味深いドキュメンタリー作品ですので、まずはこれからご覧いただいて、そして2月以降の『こころの通訳者たち』の公開をお待ちください。なお配給についてのお問い合わせは「シネマ・チュプキ・タバタ」までご連絡いただければ多分大丈夫なはずです。
(2021年223本目/劇場鑑賞)