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主に映画の感想文を書いています

映画「私だけ聴こえる(2022)」感想|“ろう者でも聴者でもない、コーダという種族”を少しでも知る

ドキュメンタリー映画『私だけ聴こえる』を、シアター・イメージフォーラムにて観てきました。


映画「私だけ聴こえる」ポスター
映画「私だけ聴こえる」ポスター


「耳の聴こえない親を持つ、耳の聴こえる子どもたち=CODA」を題材にした映画『コーダ あいのうた(2021)』が今年のアカデミー賞作品賞に輝いたのは記憶に新しいところですが、本作は実際のコーダたちを切り取ったドキュメンタリーです。

「実際のコーダ」と書いたのはどういう意味か。『コーダ あいのうた』では、ろう者の当事者キャスティングが高く評価されました。しかし盲点だったのは、主役であるコーダの役を演じたエミリア・ジョーンズさんが「コーダではない」こと。つまり、コーダとは単に「手話のできる聴者」では、決してない、ということ。

わたしがこのことを知ったのは、毎度お馴染みアトロクことTBSラジオアフター6ジャンクション」での「映画とろう者 特集」からでした(「映画で学ぶ『ろう文化』」特集も非常に興味深い内容なので併せてどうぞ)。

あれだけ当事者キャスティングを謳っていた作品で、まさか主役が「当事者キャスティングじゃない」だなんて、言われるまで全く気付きませんでした。コーダのことを描いた作品なのに、結局のところコーダのことを何もわかっていなかった、……とまで言うと悪く言い過ぎかもしれませんが、それだけじつは「コーダ」というものが理解されづらい存在、概念である、そういう話です。

そこであらためてこの作品『私だけ聴こえる』。松井至監督は、東日本大震災とろう者のドキュメンタリー*1制作をきっかけに「コーダ」である手話通訳者アシュリーさんと出会い、「コーダのドキュメンタリーを作ってほしい」と言われたことから本作の構想が始まったそうです。ちなみに本作わたし勝手に海外の作品だと思い込んでいたのですけど、主な取材地がアメリカなのはそういった経緯があったんですね。

映画の感想はとても一言では言えません。というか、一言であらわしてはいけないのだと思います。監督自身も制作初期にはドキュメンタリー作家の性として無意識に「物語を作って」しまっていたところ、取材対象の少女から「私の物語は私のもの。コーダにしかわからない。あなたはコーダではないのだから理解できると思わないでほしい」と言われ、関係が決裂しかけてしまったのだとか。紆余曲折を経て撮影が再開した際には彼女たちを「ディレクター」にして、取材者と被写体の関係をなくして、そのようにして完成にこぎつけたのだそうです。

簡単に言いあらわせない、言いあらわしたくない代わりに、心に残った言葉をいくつか。まずは「ろう者でも聴者でもない、コーダという種族」。なまじ聴こえてしまうせいで ろう者である家族のことを本当の意味では理解できず、その上 ろう者からも聴者からも本当の意味では理解されない存在(『コーダ あいのうた』で当事者キャスティングがスルーされたように)。シンプルな言葉ですが、衝撃的な一言でした。

キービジュアルにもなっている少女ナイラは、5世代にわたる ろう者の家系に突如生まれた聴者。完全に出来上がったコミュニティから自分だけ逸れて生きなければならない感覚……はもちろんわたしなどに理解できるはずがなく。そこからさらに放たれるやはり衝撃的な言葉「ろうになりたい」。固定概念とは本当に、こういった機会がないと崩れないものだなと痛感します。

なんかちょっと、感想を文にしていくとどうしても本質からずれる気がしますね。現在はまだ公開規模小さめですが追って全国公開されていくようですので、『コーダ あいのうた』をご覧になった方は特に、ぜひ観ていただきたいです。

バリアフリー字幕のこと

本作はUDCast形式の音声ガイドに対応しているほか、標準でバリアフリー字幕を付けて上映されています。バリアフリー字幕ではセリフのほかに自然音や生活音などの物音も補足されるのですが、本作では今まで見たことがないような様々な工夫が凝らされていました。例えば、セリフ以外の字幕は透明度が違ったり、物音をあらわす字幕はふわっと入ってふわっと消えたり、といった具合です。

音声ガイドの進化には日々触れているものの、バリアフリー字幕は正直あまり変わり映えがしないなと、シネマ・チュプキ(全上映作品にイヤホン音声ガイドとバリアフリー字幕が付くユニバーサルシアター)で映画を観ながら日頃思っていて。そこにきて本作の「進化」にはかなり感動しました。

舞台挨拶でいらしていた監督に(帰り際、個人的に)直接伺ってみると、 「ろう者にとっての字幕」と「難聴者にとっての字幕」の在り方の違い、というたいへん興味深いお話をしてくださり、恥ずかしながら目から鱗、それは盲点だった……と最後の最後で大衝撃。ざっくり言えば、中途失聴・難聴の人は「犬の鳴き声」を想像できるけど、ろう者の人は聞いたことがないから……みたいなこと。ううむ……突き詰めてみたい……。

(2022年97本目/劇場鑑賞)

『コーダ あいのうた』を観た頃から本作のことはチェックしていたのですが、じつはうっかり忘れかけていて。そんなところアトロクで宇垣美里さんが、いち早く観てきたよ!監督の舞台挨拶も良かったよ!な紹介をしていて*2、ちょうど翌日休みだったので即座にイメージフォーラムさんを予約したのでした。ありがとう宇垣さん、ありがとうアトロク。いい番組です。

*1:きこえなかったあの日(2021)』を思い出しました。松井監督が同テーマを扱われたのは2015年とのことで、だいぶ先行していますね。

*2:火曜OP:雨に対する思想~水回り然とした水色~ - TBSラジオ「アフター6ジャンクション」 | Podcast on Spotify(19:00あたりから)