公開されたばかりの韓国映画『チャンシルさんには福が多いね』を劇場鑑賞しました。ポスターからなんとなく『おらおらでひとりいぐも(2020)』みたいな、おばあちゃんが主役の話なのかなと思い込んでいたんですけども、これがじつはアラフォー独身女性のお話でした。このポスターめちゃくちゃ老けて見える。
まあでも内容的には、ひと世代ぶん若い『おらおらでひとりいぐも』だと言って間違いではないくらいの感じでしたかね。日本映画っぽさも強い、素朴ないい映画でした。うん、すごくいい映画でした。新年映画館初め、こっちにすればよかったとちょっぴり後悔しました。
あらすじ
映画作りに人生を捧げる気満々の映画プロデューサー、チャンシルさん(カン・マルグム)。しかし長年のビジネスパートナーだった監督を突然亡くし、無職となってしまう。40歳独身、職を失ってみればもはや何もない彼女は途方にくれるが、そんな心の隙間を埋めるように、これは恋の予感──。
ネタバレ雑感
恋の予感──なだけです。ええ、何も起きない映画なんです。ただ、その何も起きなさがすごく元気付けられるというか、個人的には心の隙間を埋めてくれまくりの映画でしたね。
序盤でチャンシルさんの子分みたいな可愛い男の子たちが引越しを手伝ってくれるシーンがあるんですけど、そこなんかは『愛の不時着』のあの「四人組」を連想したりして(そしてその連想はのちに繋がる)。チャンシルさんと仲良しなソフィーちゃんっていう自由〜〜な感じの女優ちゃん(ユン・スンアさん)も、美少女なんだけど何か物語の駒に使われるようなことは全くなくて。みんな自然にそこにいる、だけ。すごくいい雰囲気。
こういう特別社会派なわけでもない日常系の韓国映画ってもしかしたら初めて観たかもしれません。日本映画っぽいと感じたのはそういうところもありそうです。
しかしギャグも冴えてる
声だして笑っちゃうようなシーンが何箇所かありましたけど、なんといっても居酒屋のくだりですね。妙によくできてる日本風の居酒屋(日本ロケなんじゃないかと思うほど)で、意中の男性とサシ飲みするチャンシルさん。この店なんか小津安二郎の映画みたいですね〜〜わたし東京物語大好きなんです〜〜みたいな映画トークを始めるわけです。お相手は売れない脚本家だもんで、そこから話がはずむかと思いきや。
「東京物語って何も起こらないし良さがわからないなあ」
はァ?! 何も起こらないってことないでしょうよ人死ぬし! じゃあどんなのが好きなのよアンタは!
「ノーランとか好きです」
まばらな客入りながらも間違いなく爆笑が起きてましたねここは。「ノ ー ラ ン ? !」っていうね。いや、ノーランに非は全くないんですよ。ただ状況として、痛いほどわかりますね。小津とか好きだったらいいなあ、話が合うといいなあと理想を描いていた意中の人に「ぼくはノーランのほうが」なんて言われた日にゃ百年の恋も冷めるであろうことは。明らかに趣味が合わないことによる一方的失恋のようなものはわたしも経験があります。
ちなみに本作自体も「何も起こらないように見えて、人は死んでる」という点などちゃっかし『東京物語』とリンクしております。
愛すべき耳野郎
『不時着』ファン的に特筆すべきは耳野郎ことキム・ヨンミン氏ですよ。出てることすら知らなかったし(あの四人組みたい、なんて言ってた矢先に)、まさかあんないい役どころだなんて。まあ今度は霊野郎なんだけど。
本作における彼の好きなところは数多あって、指パッチンで電気つけるところ。持ってきたアコーディオンを、お前弾かないんかーい!っていうところ。そして何より、劇中唯一のキスシーンをかっさらっていくところ。やるねえ、霊野郎のくせに。
なおわたしレスリー・チャンって名前でしか知らなかったんですけど調べてみたら意外と顔似てて草生えました。
このへん観なきゃいかんかなあ。『ジプシーのとき』も観たい(メモ)。
そのほか
本作が長編デビュー作となるキム・チョヒ監督は、元々ホン・サンス監督のプロデューサーをしていた、というまさにチャンシルさんなお方(ホン・サンス監督も、お名前は常々だけれど観たことはない監督です)。女性監督が自身を投影させた映画というと近年ではルル・ワン監督の『フェアウェル(2019)』なんかもちょっと近いかも。
引越し先の大家さんを演じるユン・ヨジョンさん*1は流石のベテラン的存在感で脇を固めてくれました。ハングルを勉強してるっていう設定がまたいい。壁に一覧表貼って、手紙は一文字ずつ読んで。わかる、わかるよ。わたしも今ハングルかじってるからわかるよ。あのスピードでしか読めないよね、わかるよ。
96分に収まってるのも評価したいところ。こういう素朴な映画は90分台でスパッと終わってくれると最高。本作は特に「これで終わりだったらいいな」ってところで終わってくれたのでなおよし。そこからが長い映画、終わりどころ逃してる映画、結構あるんですよね。
(2021年10本目/劇場鑑賞)
素朴で飾り気はないけど、ちょっと変な映画。決まったところに収まろうとしない、気分のいい映画。おすすめです!