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映画「おらおらでひとりいぐも(2020)」雑感|75歳一人暮らし、おばあちゃんのインサイド・ヘッド

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沖田修一監督の作品『おらおらでひとりいぐも』を観ました。若竹千佐子さんによる同名小説を実写化したもので、訛りまくったタイトルの意味は「私は私らしく一人で生きていく」。ちなみに『Ora, Ora Be Goin' Alone』という英題が付いています。無駄にかっこよくていいですね。

超売れっ子デザイナー大島依提亜さんディレクションによる『Ora, Ora Be Goin' Alone』なアナザーデザインのポスター、イカしてます。どれも「観たら分かる」アートワークです。


この映画の主役「桃子さん」は、田中裕子さん演じる75歳のおばあちゃん。数年前にご亭主を亡くして今は一軒家に一人暮らし。一体どんな映画なのだろう。少なくとも、しっとり地味な映画なのでしょうね。いやいやどっこい、かなり複雑な構成の、映画的表現に満ちた奇抜な映画でした。「変な映画」がお好きな方はこれ絶対おすすめです。

桃子さんがいっぱい

まずは出演者のみなさんをご紹介します。改めて、主人公の桃子さんを演じるのは田中裕子さん。そして桃子さんの若かりし頃を演じるのは蒼井優さん。さらに、濱田岳さん青木崇高さん宮藤官九郎さん六角精児さん、このへんの方々もみーんな、桃子さんです。まあ正確には内なる桃子さん、インサイド桃子さんといったところですが。

本作の「変な映画」要素その1は、このインサイド桃子さんたち。早い話が『インサイド・ヘッド』や『脳内ポイズンベリー』みたいな作品ということですね。独り身になってちょっと寂しい桃子さんのまわりで、濱田岳さん青木崇高さん宮藤官九郎さんら「内なる感情」がやんややんやと賑やかにはやし立てる映画なのです(六角精児さんは二度寝大魔王みたいな存在なので除外)。

ただ、それだけではちょっとありがち、ややインパクトが足りない。そこで「変な映画」要素その2、インサイド桃子さんだけじゃない脳内ビジョンの数々!

小さなことを壮大に

桃子さんの日常は「起床、飲み薬、湿布」といった地味すぎるアクションのルーティン。外出することがあっても病院か図書館どまりで、劇中の大半は6畳くらいの居間に、ちゃぶ台の前にぽつんと座っています。だからこそ、いざ脳内ビジョンが仰々しく展開された際のギャップが大きくて楽しい。

例えば「大正琴って何?」というたったひとつの疑問から展開していくビジョン。または「病院で散々待たされた挙句に言われたこと」から展開していくビジョン。振り切り方がいちいち予想外で抜群に面白くて、まさかのこんなとこでお金かかってんな〜〜って思いました。美術部の予算ここでほとんど使い切っている可能性大。

このへんは映画的表現のフルコースでありながら舞台劇としても再現できそうなのがまたよくて、例えば現実世界と脳内ビジョンを照明の色温度で区別するシンプルな手法、ちゃぶ台と桃子さんを中心に居間のまわりだけパタパタパタとセットチェンジする手法、老いと若きの桃子さんたちが時代を超えて同時出演できる設定、田中裕子さんの姿に蒼井優さんがアテレコする演出、もちろんインサイド桃子さんたちの存在などなど、こんなご時世でなかったら映画を飛び出して生の舞台で同じキャストで観てみたい演目です。

そのほかにも語りたい要素は多く、蒼井優さんと東出昌大さん(『スパイの妻』コンビ!)が演じる若かりし日の桃子さん夫妻パートは普通にキュンキュンしちゃいますし、結婚出産育児そして夫との死別を経た残りの人生を考えるという意味では『82年生まれ、キム・ジヨン』のその後とでも言うようなフェミニズム映画の系譜にある作品だとも感じましたし、男女問わず単純に「自分の老後を考える」映画でもありました。

正直どこに力点を置いて語るべきかよくわからなくなってしまって書いては消し書いては消しを3日間くらいぐるぐるしていたのですけども、とりあえずは取っ掛かりとしての「変な映画」アピール止まりにしておこうかということに(つまり、かなり消した)。公開日からだいぶ経過してしまいましたが、これから公開になる劇場・地域もあると思いますのでぜひぜひご覧ください。変な映画です! 面白いです!

(2020年210本目/劇場鑑賞)

え? はい、関連書籍です。遠くの息子より近くの(続きは劇場で)