映画「下女(1960)」感想|「パラサイト」に大きな影響を与えた、韓国の元祖「階段映画」
こんなに古い韓国映画を観るのは初めてです。キム・ギヨン監督1960年の作品『下女』を、Blu-rayを購入して観ました。もともと韓国映画クラシックの代表的な作品だったようですが、ポン・ジュノ監督が『パラサイト 半地下の家族(2019)』の製作において大いにインスパイアされたと発言していること、また数多の『パラサイト』評で「連想する作品」として必ずといっていいほど挙げられていることから、再び認知度を上げている一本です(もちろん、にわか韓国映画ファンのわたしは今回の「再浮上」で初めて知りました)。
しかし高まる認知度に対し、配信はされておらず物理購入やレンタルも困難と、視聴のハードルもまた高かった本作。観るすべさえあれば一年前にはもう観ていたはずの作品です。そんな本作ですが嬉しいことに昨年末、キム・ギヨン監督の傑作集ボックスと共に新装リリースされていました!
- 発売日: 2020/12/25
- メディア: Blu-ray
なんだ出てるんじゃんヤッターということで秒でポチりまして(気付くまでは2週間ほどかかってしまいましたが)、早速念願の鑑賞です。
そんなに『パラサイト』じゃない
一番思ったのはこれ。まあそうです、「階段」の使い方について影響を受けているというだけで、そもそも『パラサイト』ではないんですけどね。でもこの一年間散々『下女』と『パラサイト』を並べて語られてきたので、もはやリメイクくらいのイメージを持ってしまっていた作品でした。そういう意味では『パラサイト』とは全然違う作品です。ちなみに近年のリメイクで『ハウスメイド(2010)』という映画がありますが、こちらもまたかなり違う印象の作品に生まれ変わっています。
ただ、Blu-ray封入ブックレットに放送作家の町山広美さんが寄せた解説を読むと非常に興味深くて。『下女』で中心となる家族は上流階級ではなく中産階級の主人公一家なのですが、1960年当時の韓国社会のリアルとは言いがたいよね、と書かれていたんです。これじつは『パラサイト』に関してもそうらしくてですね。
- 作者:下川 正晴
- 発売日: 2020/06/27
- メディア: 単行本
最近読んだ本『ポン・ジュノ 韓国映画の怪物(下川正晴)』によると、『パラサイト』で半地下vs高台の豪邸として描かれた「貧富の差」は、一見リアルなようでいて現代韓国社会を知る目線からすると感覚にズレがあるんだそうです。リアルっぽいけどメタファー、っていう、そういうところは非常に『パラサイト』的と言えるのかもしれません。
思ったよりはチープな映画
これもやっぱり「ハードル上げすぎ」がゆえの若干の肩透かし感と、あとはエポックメイキングな作品につきものの「後世からすると真価を味わいにくい」というやつだと思います。あとはなにせ、これまで観た一番古い韓国映画がおそらく1999年の『シュリ』なわけですから、突然40年も遡ったら多少の抵抗感もやむなしです(『シュリ』もやはり、今の目には少なからずエポックメイキングを味わいにくい作品でした)。
最も「おお、古い」と思ったのは音楽でしょうか。味わい深い音割れの、ゴジラみたいな劇伴がついてたんでびっくりしてしまいました。演出や演技もわりかし「棒」で、頻繁に登場するピアノ演奏シーンなんかは画と音を合わせる気がなさすぎて可笑しいです(繰り返されるチャーン!とドーン!の高低が全部逆、とか)。
1960年というと海外だと例えばビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』だとか、日本なら黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』などがわたしの鑑賞リストからは見つかりました。どちらも超名作で、ここに『下女』が並ぶとますます豪華なラインナップにはなりますが、鑑賞リストをもう10年ほど遡ってみると、もしかしたら水準的には1950年くらいの作品と並べるほうがフラットかもしれません(同じ監督で並べてみると同年は『サンセット大通り』『羅生門』など)。
本作はマーティン・スコセッシ監督率いる財団の援助で2008年にレストアされており(そんな経緯もあってアカデミー賞のスピーチでポン・ジュノ監督は真っ先にスコセッシ先輩へ謝辞を述べた模様)基本的にはとても綺麗な映像となっているのですが、しかし一部粗いシーンも含まれていて、スコセッシ監督の資金力を持ってしてもぎりぎり生き残れた作品なのだなあと。こんなところからも韓国映画界の急成長を感じさせられます。
お見事!なラスト
「教訓オチ」であることはうっすら知っていたのですが、すっかり忘れたまま観ていたので最後には『スパイの妻(2020)』ばりに『お見事!!』と膝を打ちました。悲鳴とも逆再生音とも取れるキュルキュルキュル〜〜〜みたいな奇音から冒頭に巻き戻って、あれ?? ああそういう!! っていう。確かに冒頭で変だなとは思ったんですよね、思ったんですけどね。という。
ああいうブラックコメディ味は、それこそビリー・ワイルダー作品などの持ち味に通じるんじゃないでしょうか。後世からの目線的には「古い白黒映画だと思って観てたら物凄い切れ味で度肝を抜かれる」サプライズ性が魅力です。
あと「昔の女優さんに惚れる」のも古い映画の魅力ですね。イ・ウンシムさん演じる本作のいわゆるファム・ファタールな「下女=家政婦」は、直接的な官能描写こそほぼないものの非常に魔性オーラが漂っており(端的に言えばエロい)大変お見事でございました。
安定した暮らしを堅実に追い求める働き者の奥さんも描き込みがしっかりしていてよかった。小説『82年生まれ、キム・ジヨン』に出てくるような、大黒柱が折れても生きていけるようしっかり財を成している女性という感じで、男性にしてこのキャラ造形を1960年代にできていたキム・ギヨン監督は結構「新しい人」だったのかなと思います。
(2021年6本目/Blu-ray購入)
- 発売日: 2020/12/25
- メディア: Blu-ray