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映画「シークレット・サンシャイン(2007)」感想|地味なのに展開が早く、いちいち行間が痛い(褒め)

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イ・チャンドン監督のシークレット・サンシャインを観ました。主演はチョン・ドヨン、そしてソン・ガンホ。かつてライムスター宇多丸さんも年間ベストに選んでいた本作、同監督の作品は昨年末に観た『バーニング 劇場版(2018)』がすごく良かったので楽しみにしていました。

いざ観てみるとこの豪華W主演にしてはえらく地味な絵面が続く映画で、「あれ?」と肩透かしを食らった感もあったのですが、いやしかし、じわじわじわと引き込まれていって最終的に大変おもしろく鑑賞しました。タイトルから想像していたのとはまるで違う、すごい映画でした。

おもしろ&すごいポイントとして「地味なのに展開が早い」「リアルな宗教描写」「怪優チョン・ドヨンあたりを挙げておきましょう。

地味なのに展開が早い

チョン・ドヨンさん演じる主人公の車が故障しちゃってどうしよう、ってところから物語は始まりますが、絵面がやたら地味なもんでのんびり観ていたらじつはトントンサクサク進んでいることに気付いて驚き。全編通して省略の思い切りがすごいです。この最初のシークエンスひとつとっても、話が繋がらなくなるギリギリのところまで切り詰められています(それでいてしっかりタイトルの説明も盛り込んでいたりする周到さ)。

また、そのスピード展開に加えて「神視点」的な俯瞰アングルの多用により、激動のシーンであっても怖いぐらい淡々とした見せ方に。特にやはり、あの痛ましい事件が起こる場面。なんなら発端から何もかも、直接的には何も言わないし見せないのだけど、あれよあれよと火葬場に辿り着いてしまうなすすべのなさ。

おそらく本作、残酷だったり刺激的な描写はほとんどなくて、あるように感じたとすればそれは概ね「行間」に入ってるんだと思います。「察して、痛い」つくりになっている。「うわあこれは一触即発、一体どうなる?!」と思うような場面でも次のシーンに切り替わると何事もなかったかのごとく台所で食器洗いをしていたりする。「描かない」ことがこんなに効果的だとは、と度々驚かされました。

リアルな宗教描写

いやはや、こんな映画だとは思いませんでした。薬局のおばちゃんの宣教活動めっちゃ実を結んでるじゃないですか。日頃から布教しておくものですね。

というわけで主人公は悲劇的事件を境に、それまで屁ほどにも興味のなかった「神様」に救いを求めるようになります。最初に教会を訪れた際の、客観的にはシュールと言うほかない光景がなんともたまりませんが、信者たちが各々好きなように祈祷するなかカメラがぐるーっと室内を見回していって、どこからか泣き喚くような声が聞こえてきて、「ってお前かい」。このしてやられた感。ああフィットしちゃったんだ、こっからの話そういうやつなんだ、っていう。ここもやはり、地味なワンカット長回しと見せかけて超スピーディーな展開をやってのけている!

感心したのは以降の宗教団体描写がじつにしっかり描きこまれていることです。礼拝が終わった後のちょっとした団欒、駐車場係の存在、家に集まって少人数で集会をする様子、服装や表情、言葉遣いだとか、とにかく細部にわたって、欧米の教会文化みたいなのとはまた違うキリスト教新興宗教の独特な「感じ」が再現されている。すごい。──なんて言えてしまうのは少々わたしの育ち的なところと関係してくるのですがそれを語るにはもうちょっと年月が必要。なんにせよあの描写は丁寧でした。

で、おもしろいのが刑務所のシーンです。神は誰にでも等しく赦しをお与えになる。では「その順番」とは。ここ本当に、悪い意味での目から鱗みたいな場面でした。許してあげようと思って会いに行ったら、もう赦されてた。は?? 許される前に勝手に赦されてんじゃねえよ。そう、だからね、長老さんがおっしゃってたじゃないですか。神の教えに従うことは努力を要する、と。

イ・チャンドン監督によれば、本作を観るよう信者に薦める牧師さんなんてのも意外やいるんだそうです*1。思い切ったことをするなとは思いつつ、でもまあ「神の教えに従うことは努力を要する」っていう話なのでね、ありっちゃありかもしれないですね。『哭声/コクソン(2016)』しかり、キリスト教ベースの韓国映画は味わい深いです。

怪優チョン・ドヨン

今回のチョン・ドヨンさんはもうまさに「演技派」の塊みたいな役で、すごく失礼な言い方をするならば「鼻につくほどの演技派」ぐらいにも感じてしまったり。それこそ共演のソン・ガンホ先輩が全く印象に残らない程度には強いキャラクターでした。

先日『ハウスメイド(2010)』を観た際に「深津絵里いとうあさこを足して割った感じ」なんていう書き方をしましたが、今回はそれがより強まっていて、永作博美さんあたりも混じってたかな。深津絵里いとうあさこ永作博美を行ったり来たりするようなスイッチングっぷりがとにかくお見事。圧巻。

特に今回の場合、中盤の「救われてるとき」っていうパートがあるもんでひときわカメレオン怪優に磨きがかかっているのだと思います。ああいう方々は本当にああいう表情しますね。

ラスト、清楚なワンピースにカーディガンなぞ羽織ってイメチェンした彼女がわたし的には好みなのですが、でもあれ彼女を一方的に想うソン・ガンホが見繕った服を着せられている状況だと思うと、あのソン・ガンホが選んだ服か〜〜〜って思うと、なんともモニョってしまう複雑な感情。「あのソン・ガンホ」を演じきったソン・ガンホ先輩もお見事でございました。なんなら最後の最後まで、ハサミで刺されるんじゃないかとヒヤヒヤしてました。物語の続きに幸あれ。

少なくない登場人物を最低限の描写でしっかり魅せる手腕、地味に見えてじつは張り巡らされた伏線とさりげない回収、全ては語らないことによる余白の豊かさ、何もかもが巧みで、暗い話なのに繰り返し観たくなる魅力がある本作。鳴り響く電話、一筋の光など、最新作『バーニング 劇場版』へ通じていく作家性のようなところも垣間見れました。イ・チャンドン監督、残りの作品もじっくり拝見したいです。

(2021年11本目/TSUTAYA DISCAS

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