シネマ・チュプキにて、杉田協士監督作品『春原さんのうた』を観てきました。
わたしはチュプキを「箱推し」しているゆえ「全く何も知らずに観る」というケースが多々あるのですが、本作はそのぶらり感がすごく合っていました。そしてすごく、好きな映画でした。ずっと春原さんのこと考えてる。厳密には、春原さんのことではない。
この映画、たった一首の「短歌」が原作になっています。エンドロールで「原作短歌」とクレジットされるまで知らなくてびっくりしたのですけど、でもなるほど短歌という31文字の宇宙を広げた映画と言われれば妙にしっくりくる作品だったかも知れません。それにしてもクレジットの表示だけで「原作を全て読めてしまう」ってなかなか面白い体験です。
キービジュアル等から察せるとおりの地味で静かな映画ですが、どうにかしてこの「行間だらけ」の小さな世界を読み取ろうと、意外や頭はフル回転。これは誰だろう。誰が「春原さん」なのだろう。これは一体どういう状況だろう。この人とこの人はどういう関係なのだろう。ここまでに何があったのだろう。これから何か起きるのだろうか。
また、唯一リアリティラインの曖昧な「ある存在」が時折フレームインしてくることによる「物語がどう転ぶか油断できない緊張感」も、淡白な味わいのなかでいいスパイスになっています(先日、濱口竜介監督の短編について同じようなことを書きましたけど、とにかくこういう話がわたし好きなんですよね)。
舞台は主に「自宅」と「職場(カフェ)」の往復。最低限の家財道具のみ置かれた築年齢高めのアパートは、しかし風通し良好で居心地もどうやら良好。常時開け放された玄関ドアの正面に決まってカメラが置かれるため、スクリーンの奥から客席のこちら側までまるで本当に風が心地よく抜けてくるような感覚がありました。「風通しのいい映画」だと思いました。
そして、狭いながらも居心地の良さそうなカフェ「キノコヤ」はちょっとチュプキのようでした。チュプキで映画を観ていると、時々こういう「チュプキみたい」な空間に出くわして嬉しくなることがあります(『ラプソディ オブ colors』だったり『まちの本屋』だったり)。なおこちらのカフェは聖蹟桜ヶ丘に実在するお店らしく、願わくば桜の残っているうちにぜひ行ってみたいです(→行けました!)。
印象的だったのは、カメラが必ずしも全てを見ているわけではないところ。手に持っているそれを見たいのに、手前に人がいて見えなかったり。棚の上の何かについて話をしているのに棚は死角だったり。あくまで物語内のひとたちが第一で、カメラはそんなに優位じゃない。劇映画のあり方に一石を投じるような、とまで言うと大袈裟かもしれないけど革新的だと感じました。撮影の飯岡幸⼦さんは『偶然と想像(2021)』の撮影監督もされてらして、そういえばと手元のパンフレットを見返したらロングインタビューが!
それから、これは超個人的なびっくり案件なのですが「あのギターわたしも持ってる」っていう押し入れサプライズ。
映画をご覧になった方は覚えているでしょうか、この手作り感に溢れた青色チェック模様の布ケースと、ウクレレのようなサイズ感のミニギター。劇中このまんまの姿で登場したときは、ギョッとして感想とかも一旦全部吹っ飛びました。こちら「ギタレレ」といって、YAMAHAの超ロングセラー商品です。素朴すぎる布ケースも純正の付属品です(ただし現在は黒のケースになっているはず。わたしのこれも、四半世紀くらい前の品)。
一家に一台ギタレレ、いかがですか(弾いてる動画もございます)。
あとはなんでしょう、すっごい単純に春夏ものワンピかわいー、とかそういうのも含め、全てが総合的に好きだった、っていう感じの作品でしたね。脳内それ一色になるくらい好き。こんなの最近なかなか珍しい。嬉しい出会いでした。チュプキの上映もう終わっちゃうからポレポレ東中野さんあたりでもう一度観たい、とまで思っている。もっと早く観ておけばよかった。舞台挨拶も行きたかった……。
(2022年56本目/劇場鑑賞)
東直子さんによる原作短歌が収録された歌集。短歌、アトロクでも最近特集があったしそろそろ本格的に気になってきました。
対談鼎談インタビューなどいろいろ読みましたが、こちらの全3回にわたる座談会は原作・東直子さんも交えたひときわ濃い内容のものでした。短歌を原作にしたその他の映画作品についても詳しく紹介があります(そんなにあったんだ!と驚き)。
追記: 舞台となったカフェ「キノコヤ」さんへ行ってきました!
もっと追記: ポレポレ東中野さんの最終上映、超豪華舞台挨拶の日に行ってきました。満員御礼でスクリーンからあの風を浴びた。そして「さっちゃんの歌」フルバージョンも生で聴けてしまった。幸せ。
— 杉田協士 (@kyoshisugita) April 15, 2022