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主に映画の感想文を書いています

映画「マザーレス・ブルックリン」と、NY都市計画にまつわる書籍いくつか

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今年のはじめに鑑賞し、これは暫定年間ベストだ!なんて言っていた映画『マザーレス・ブルックリン』。念願の映像ソフトがリリースされましたので購入、再鑑賞しました。この記事ではそのあらためての感想と、本作をきっかけに何冊か読んだニューヨーク都市計画にまつわる書籍の紹介をしていきたいと思います。

※予想通りというか、非常に長くなったので目次をつけておきます。

  1. 映画『マザーレス・ブルックリン』について
  2. 物語の背景にある史実
  3. 読んだ本①「ジェイコブズ対モーゼス」
  4. 読んだ本②「評伝ロバート・モーゼス」
  5. あらためての映画雑感
  6. 読んだ本③「ブルックリンの橋」
  7. GoogleMapロケ地巡り

映画『マザーレス・ブルックリン』

1950年代のニューヨークを舞台に、言語障害のある探偵ライオネルが都市計画の闇に入り込んでいく物語。エドワード・ノートンが監督・脚本・製作・主演を全てつとめています。ジョナサン・レセムによる同名小説を原作としつつも、時代設定を原作の1990年代から1950年代へと大きく変更。当時のニューヨークに渦巻く都市計画問題を背景に加え、影の深いノワール・テイストで仕上げました。この改変によりわたしのなかで新たな興味の扉が開くことになります。

物語の背景にある史実

本作の背景にあるのが、1950年代当時のニューヨーク都市計画にまつわるあれこれ。登場人物たちも、一応フィクションではありながら実在の人物を想起させる描写がなされています。まずなんといっても本作のヴィランであるモーゼス・ランドルフ。彼のモデルはロバート・モーゼスという人物で、半世紀近い年月をひたすらニューヨークの再開発に費やした、通称「マスター・ビルダー」です。キャリア前半では多くのビーチや公園、橋を新設。のちには例えばリンカーン・センターや国連本部など今のニューヨークに欠かせない施設を作っています(なお彼は建築家やデザイナーではなく行政の人間で、クレジットされることは少ない)

ただし劇中の1950年代においては庶民の生活を無視した強引なインフラ整備に注力していたモーゼス。その反対勢力のトップにあったと思われるのが、本作ではギャビー・ホロウィッツという女性。彼女のモデルはてっきりモーゼス最大の敵として名高い人物ジェイン・ジェイコブズだと思い込んでいたのですが、エドワード・ノートンによるコメンタリーによるとオルタンス・ガベル(字幕まま。おそらくスペルはHortense Gabel)という人物をイメージしているそう。エドワード・ノートン曰く、ジェイン・ジェイコブズは1960年代の活動家で、「1950年代に活躍したのは彼女」とのこと。

初見時にはこういった背景を全く知りませんでしたが、知った上であらためて観てみると、ギャビー・ホロウィッツはかなり脇役であり、描写の比重はモーゼス・ランドルフに置かれていました。そして意外や、あらすじ上も悪役認定されているモーゼスですが劇中ではそこまで単純な悪としては描かれておらず、むしろ魅力的なほどでした。まあこれはかなりの部分、演じているアレック・ボールドウィンさんの魅力なのでしょう。ゴツくて色っぽくて、めちゃくちゃ格好良いんですもん。なんにせよ、この「魅力的な悪役」のおかげで本作の質が高まっているのは間違いありません。

監督エドワード・ノートン自身はこの問題に対してどう考えているのでしょうか。コメンタリーで聞く限りでは、映画の仕上がりとは裏腹にモーゼスのことを「腐敗した権力」として全面的に批判している印象を受けました。魅力的に見えてしまうこともあるが、騙されてはいけない、と。監督の考えとしてはそうだけども、映画の視点はイコールではないのだなとおもしろく感じました。

では、関連して読んだ書籍を2冊紹介します。

「ジェイコブズ対モーゼス ニューヨーク都市計画をめぐる闘い(アンソニー・フリント 著/渡邉泰彦 訳)」

本作から興味を持って最初に読んだのがこの本でした。前述の活動家ジェイン・ジェイコブズとロバート・モーゼスの闘いを書いたノンフィクションです。劇中でギャビー・ホロウィッツが活動家としての顔を見せるのは公聴会のシーンですが、本書も公聴会から始まります。また、劇中で印象的に登場するワシントン・スクエア・パークの凱旋門は、ジェイコブズを大きく印象付けたスポットでもあります(モーゼスはこの公園をぶち抜いて五番街を延長しようとしており、彼女はそれを阻止した。確かに五番街がここで終わるのはちょっと不思議ですよね)。そんなわけで、違うよと監督は言っているものの、キャラ造形としてミックスされているのは間違いないと思います。

本書はある程度中立の立場で闘いを描いているものの、どちらかといえばジェイコブズ寄りとなっており、2018年のニューヨーク旅以来すっかり「今のニューヨーク」を愛してやまないわたしにとっては、思い出のヴェラザノ・ナローズ橋リンカーン・センター(リンク先は旅行記などを作ってくれたモーゼスに肩入れしてしまうだけになんとも切ない気持ちになってしまうものでした。

そんな気持ちをカバーしてくれる2冊目がこちら!

「評伝ロバート・モーゼス 世界都市ニューヨークの創造主(渡邉泰彦 著)」

こちら、なんと「ジェイコブズ対モーゼス」の翻訳者さんが自ら書かれた和書です。どういうことか。じつはわたしと同様…と言ってはおこがましいですが、「ジェイコブズ対モーゼス」を翻訳していく過程でモーゼスに同情してしまい、もう少しモーゼスを評価する本があってもいいのではないかという思いから自ら筆を取ることにした、そんな熱意にあふれた一冊なのでした。

というわけで期待通り、モーゼスの仕事をたっぷり追っていける本になっています。ちなみにこの表紙になっているトライボロー橋(今はロバート・F・ケネディ橋の名が付いていますが、一般的には旧称のトライボローで呼ばれがちのようです)はモーゼスにとって非常に大切な橋で、映画劇中にも多く登場します。

もしも自分が当時ニューヨークの庶民街に住む人間だったらと考えると、その立場ではロバート・モーゼスは敵でしかないのだろうと思います。直接影響がなかったとしても、歴史的建造物を取り壊したり近代的にリニューアルしたりすることには抵抗があるほうですから、たぶん敵認定していたでしょう。ですが「後の世代」として見ると、モーゼスは偉大な人だと思えてしまいます。

「F・オルムステッドの名は知らなくても 皆、彼に感謝すべきだ」と劇中のモーゼスは言います。オルムステッドは劇中の時代よりさらに100年ほど前、セントラル・パークを作った人物です。あの広大な公園を生み出すには当然それだけの「撤去」が必要でした。しかし現在、セントラル・パークなしのニューヨークは考えられません。

著者によれば、日本国内でモーゼスについて書かれた文献は皆無だそうです。300ページにわたるこの本が出版されて本当によかったなと思います。今のニューヨークがお好きな方はぜひ読んでみてください。

あらためての映画雑感

以上2冊、合計600ページほどの分量を読んだうえでの再鑑賞。初見時と比べて「モーゼス寄り」となってしまったことによる感じ方の変化を危惧していましたが、そこは大丈夫でした。というか前述の通り、映画自体は意外とモーゼス寄りの描き方ともとれる仕上がりだったのでした。

なんだってこんなに本まで読むほど惹かれてしまったんだろうか、とも不思議に思っていましたが、あらためて観てみるとやはり都市計画についての要素がかなり多く、これは興味をそそられて然るべきだな、と感じました。つくづくおもしろいバランス感の映画です。

知識を入れてから観ると理解の深まる部分は当然あって、例えばギャビー・ホロウィッツが公聴会で「ロングアイランドのように広大な空き地ではない」なんてことを言いますけど、モーゼスはキャリア初期にロングアイランドに道路やリゾート地を作りまくっているのでそういう流れの台詞だと分かります。ちなみにラストシーンの「家」も、あれはどうやらロングアイランドのようです。ポイント・ルックアウトというところで、途中でジョーンズ・ビーチの給水塔(モーゼス、キャリア初期の作品)が見えるのでルートとしては変ですが、まあそのへんです。

特典映像としていくつか収められた未公開シーンには、背景の部分を描写したものがいくつもありました。ロングアイランドのパークウェイ(モーゼスが数多く手掛けた観光用道路)にかかる橋の高さをギャビー・ホロウィッツらが測っているシーンは、劇中に出てくる車高制限の話と繋がっています。また、反対派の一員であるヒロインのローラが普段の移動手段に地下鉄を使っているのも、自動車インフラ推進派モーゼスへのささやかな抵抗と見れます。モーゼスが自動車インフラを推し進めた理由である渋滞のシーンもあったようです。

なお今でこそニューヨークを象徴する乗り物である地下鉄ですが、当時はそれはそれはひどい有様だったそう。あんなもんオワコンだろと思ったモーゼスは、地下鉄には全く関与しませんでした。ニューヨーク地下鉄を愛するわたしとしては、こればかりはモーゼスの読みが大きく外れたところだなと複雑な気持ちに。皮肉なことにモーゼスが本拠地をおいたトライボロー橋の公社は、のちにMTA(メトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティ。みんな大好きニューヨーク地下鉄の運営会社)の傘下になります。

もっとドラマ面での感想もあるのに、どうしても都市開発のほうをつらつらと書いてしまいますね。ドラマ面でも本当に好きが溢れる映画で、とにかく優しくて美しくて、病気との接し方みたいなところでは『英国王のスピーチ(2010)』とも通じるセラピー力のある映画で、いやはや、よいです。とってもよいです。もう年間ベストに決定してしまってもいいでしょう。少なくとも上半期ベストなのは決定事項としました。おめでとうございます。

「ニューヨーク・ブルックリンの橋(川田忠樹 著)」

本作のキービジュアルにもなっているブルックリン橋。ニューヨークを象徴するアイコン的存在の最たるものと言える橋ですが、その歴史は1860年代の南北戦争直後にまで遡ります。父子二代が人生を捧げ、最終工程ではその妻にまでバトンが繋がれた壮大な物語を、本書ではしかしさらりと読むことができ、非常に胸が熱くなります。もとからブルックリン橋は格別に好きな橋でしたが、これを読んだことで見え方が明らかに変わったのを感じました。

GoogleMapロケ地巡り

エドワード・ノートンによるコメンタリーではロケ地情報も事細かに教えてくれるため、ちょいちょい止めてはGoogleMapとにらめっこで、映画がちっとも進みませんでした。面白かったのが、劇中ではトライボロー橋の料金所として登場する場所がじつは「ゴッドファーザーソニーが殺されるあの料金所だよ」というトリビア。確かに! なんか見覚えがある気がした! ロケ地はジョーンズ・ビーチの高速出口だそうです。ただし今回は見つけられず、残念。

ひとつ、感動するくらいそのまんまなロケ地を発見したのでこちらは共有しておきます。まずこれが劇中のシーン。ライオネルがローラを追っていくところ。スクショじゃなくテレビを撮ったので画質悪いです。

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そしてこれがGoogleMapストリートビューで発見したその場所。

これはちょっと行ってみたいですねえ。なお、もしかしたらお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、2018年のニューヨーク旅にて訪問したニッチな聖地と非常に通じるところがございます。半地下のアパートメント、好きねえ。

以上、たいへん長くなりましてどうもすみません。こんなところで終わりとしておきます。映画『マザーレス・ブルックリン』、ソフト&配信リリースとなりましたのでぜひこの機会にご覧いただければと思います!

マザーレス・ブルックリン(字幕版)

マザーレス・ブルックリン(字幕版)

  • 発売日: 2020/05/13
  • メディア: Prime Video