353log

主に映画の感想文を書いています

吃音症経験者から見た、映画「英国王のスピーチ」

f:id:threefivethree:20200506205520j:plain

映画英国王のスピーチを観ました。まだ観てなかったの?と思われても仕方ないくらいの有名タイトルですが、観ていなかったというよりも「観る勇気が出なかった」映画です。そんなお話をします。

あらすじ

英国王ジョージ6世コリン・ファースには幼い頃から吃音の悩みがあった。王族の公務にスピーチは欠かせないが、吃音のせいでスピーチへの苦手意識が人一倍強かった。様々な治療法を試すも一向に効果がみられず諦め掛けていた時、彼は風変わりな言語療法士ライオネルジェフリー・ラッシュと出会う。事実に基づいた物語。

なぜ「観る勇気が出なかった」のか

それはずばり、わたしが吃音症経験者だからです。ヨーク公ジョージ6世)ほど長期ではありませんが、中高生の頃から30手前ぐらいが一番ひどかった時期でしょうか。じつは今はほとんど無症状になっていて、幸い、悩みの種ではなくなりました。だったら観ても構わないのではないかと思われるかもしれません。否、ぶり返しそうな気がして、怖くて観れなかったのです。

吃音は心因性のところが大きい症状です。わたしが現在「治った」ように感じているのも、なにか治療によるものではなく、いつの間にか「治まった」状態が続いているだけと思われます。なので、この映画が「結果的に克服した」お話だったとしても、例えば吃音の症状を再現したようなシーンを見ることで再びぶり返してしまう可能性もなくはないと危惧していました。

何年か前に、同じく吃音症を扱った『ラヴソング』というテレビドラマがありました(主演:福山雅治藤原さくら。当時、興味本位で観てみたのですが、ちょっと怖くて初回以降はもう観れませんでした。劇中で描かれる吃音の症状がかなりリアルで、鮮明にいろいろ思い出してしまったのです。このまま観ていたら自分まで引きずられかねない。そんなこともあって、ただでさえ敬遠していた本作『英国王のスピーチ』はなおのこと「おそらく観ないだろうリスト」の底に沈んでしまいました。

では、なぜ「観ようと思った」のか

これはとっても単純なことです。わたしのなかで今、英国王室がアツいから! です。恐怖心より興味が勝りました。はい。

昨年の初めに観た『女王陛下のお気に入り(2018)』から英国王室ものに興味を持ち始め、Netflixドラマ『ザ・クラウン』でさらにどハマり。『ザ・クラウン』の主人公エリザベス女王(在位中のエリザベス2世)の父親は、本作の主人公ジョージ6世。こうなったら、最新のシーズン3まで観終えたらついに『英国王のスピーチ』を観てやるぞ、といつしか心に決めておりました。で、観た、っていうことです。

禁断の映画に手を出してしまったわけですが、結果としては今のところセーフ。ぶり返すことなく、今日も普通に会話してきました。物語としても、巷の評価に違わず非常に良かったです。涙しました。コリン・ファース好きなんで、ほんとは観たかったんですよ。

吃音症経験者から見た『英国王のスピーチ

実際、吃音症ってあんな感じです。いくつか劇中から例を挙げてみます。

第一声が発せない

博覧会の閉会式でスピーチをしようとするも、第一声がなかなか発されず戸惑う観客。「掴み」とも言える冒頭の場面ですが、これはもうまさに代表的な症状です。わたしもこの症状がいちばん辛かったです。

あのシーン同様、沢山の人が自分に注視している。その状態で第一声を発する。…むり。出ない。わたしも結構経験のあるシチュエーションですが、悪夢です。無駄に咳払いをしてみたり、脳内でカウントを取ってみたり、身振りを付けてみたり、事前に小さく唸ってみたり、永遠に感じる「無音」時間のなかで必死にいろいろ試みて、どうにか一発目をひねり出せたとしても、音量の調整が効かなかったり、せっかく出たのに続かなかったり、まさに劇中のとおりです。

ああいった「対大勢の発表」的シチュエーション以外にも「第一声が発せない」というのは非常に不便なもので、前述のドラマ『ラヴソング』第一話に出てきたところだと例えば「電話で話せない」などですね。何かの予約をしたいとする。大いに緊張しながら電話をかける。「はい、◯◯です」と先方が電話を取る。普通だったら「予約をお願いしたいんですが」とでも言えばいいところ、何も声が出ないんですよ。あーまずい。そうこうしている間に受話器の向こうからは「もしもし?」と怪訝な声が聞こえてくる。こちらは嫌な汗をかきまくる。先方に切られてしまう場合もあれば、諦めてこっちが切ってしまうことも。お店の予約をしようとしてイタズラ電話みたいなことを繰り返してしまった経験があります。

「あ行の言葉が言えない」なんて症状もまた、この第一声シリーズです。わたしはよりにもよって苗字も名前もあ行なので、名前を訊かれたときになかなか言えないという不審極まりない事態がたびたび生じていました。初めて自分の家を借りたとき、最初にガス会社とか水道会社とかいろいろ自分で電話をかけないといけなかったのがそれはそれは大変でした。第一声が出ない、から始まり、名前を言えない、負のスパイラルに入っているので電話番号も住所も言えない。おまけにこの「出ない」ときって呼吸も浅くなるのでお腹が凹んで苦しくてもう何が何やらで、電話一本済ますだけのことに疲労困憊してました。

また、社会生活を送る上でとても大事な「あ行」の言葉。「おはようございます」「お疲れ様です」。これがなかなか出てこないという症状はかなり最近まで悩まされたもので、「どうしても言えないときがあるんですがそういう症状なので勘弁してください」と上司に打ち明けたことすらありました。今でも、これだけは再発率がかなり高いだろうと警戒しています。

ご覧のとおり、「出てこない」エピソードは次から次へと出てきます(笑)

歌なら大丈夫なのに

これも序盤から出てくる「歌なら普通に歌える」という事実。きっと吃音症の人はみんなこの矛盾を自覚して、どうなってんだよチクショーと一度は思った経験があるでしょう。つまり何か条件が整えばこの症状は消える、ということ。でも日常会話で歌うわけにはいかないし……。

そこで、劇中にもあったようにこっそりリズムや抑揚を付けてみたり、何か引っかかりのパーツを言葉にくっつけてみたり(people を a people にしたりしていましたね)、意識的に深い呼吸をしたり、いろいろ試してみるわけです。わたしも電話口で言うことの多い名前、住所、電話番号あたりはうまく言える方法を研究してました。電話番号なら書きながら言えば言える、とか、技があるのです。

成功体験が症状緩和につながる

劇中でジョージ6世はクライマックスのスピーチをしている間にも徐々に自信が出てきて、無事やり遂げるとすっかり晴れやかな立ち振る舞いになっていました。この成功体験をきっかけに、彼のスピーチに対する苦手意識はどんどん薄まっていったことでしょう。

結局のところ吃音症への対処法というのはわりと精神論で、悪いジンクスを打ち破ること、成功体験を積み重ねて自分に自信を持つこと、そのへんが肝なのだろうと個人的には思っています。

言いたいことが言えないのはつらい

オチの間合いを調整できないからジョークは苦手だ、とボヤくシーンがありましたが、これほんとにそのとおりで。わたしは本来喋ることが好きな人であるため、吃音症によって「言いたいことが言えない」というのは心底ストレスの溜まることでした。

今になって思えば、そのフラストレーションを発散したくて文章を書き続けていたのかもしれません。古くはホームページ、はてなダイアリーmixiTwitterはてなブログ。どの媒体でも文字数は常に多い人でした。頭にあることをとにかく活字にしておけ!というこの欲求は、今でこそ動機としては違いますがもともとは吃音症起因な気がします。

…ていうかこの記事も、もうちょっとシンプルにまとめたかったんですけどね!

英国王室ものとしての『英国王のスピーチ』雑感

さて、最後にただの映画の感想です。本作はジョージ5世が生きている時代から始まって、崩御に伴うエドワード8世の即位、しかし「王冠を賭けた恋」騒動からのジョージ6世の即位、というところまでが描かれます。ドラマ『ザ・クラウン』ではちょうどこの直後くらいから物語が始まるので、本作からの『ザ・クラウン』という流れで観ると王室内のゴタゴタがうまいこと補完されて良さそうです。

ちょっと面白かったのが、エリザベス妃(ジョージ6世の妻、エリザベス2世の母)のキャストがヘレナ・ボナム=カーターだったこと。彼女は『ザ・クラウン』だとエリザベス2世の妹マーガレットの中年期を演じているので、劇中でエリザベス妃が幼いマーガレット王女と一緒にいるシーンなど、だいぶ不思議な光景に見えます(笑)

あとはやはりチャーチル、いいところを持っていくなあ…! ちょっとしか出てこないのにしっかり「いい人」みを残していきましたよ、ずるいなあ。ジョージ6世は『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男(2017)』にも出てきましたね(感想記事によれば、一年ちょい前にはチャーチルをほぼ知らなかったらしい。我ながら歴史弱すぎです)。

英国王室への興味関心が止まらないため最近はこの本を読んでいます。まだ出たばかりの本なので、なんとボリス首相まで出てきます。チャーチルの大ファンだというボリスさんの書いたチャーチル伝記、すごく読みたいのだけどどこも品切れ中。

だいぶ話が逸れまして。とにもかくにもワケアリ作品だった『英国王のスピーチ』、無事観ることができてよかったです。吃音ってわりと本当にあのまんまの症状で、「無音」の間も本人はかな〜〜り苦しんでおります。もしそんな感じの人が近くにいたら、第一声が出るまで気長に待ってあげてください。もしくは本作の言語療法士ライオネルのように、歯に衣着せず真正面から付き合ってくれてもいいかもしれません。

(2020年68本目/U-NEXT)

英国王のスピーチ (字幕版)

英国王のスピーチ (字幕版)

  • メディア: Prime Video
多分どの配信サイトにもあります。