353log

主に映画の感想文を書いています

映画「LOVE LIFE(2022)」感想|というか、当事者キャスティングについていろいろと思ってみる。

深田晃司監督の最新作『LOVE LIFE』Bunkamuraル・シネマにて観てきました。


映画「LOVE LIFE」ポスター
映画「LOVE LIFE」ポスター


例によって一週間以上経ってしまっているんですが、なんていうか、すごく良かったんですけど、そこまで何かを書こうという気持ちにならなくて、とりあえず書き始めた現時点でもまださほどアウトプット欲がありません。

ちなみに深田監督の作品ってじつは『よこがお(2019)』しか観たことがなくて。その『よこがお』がどえらくツボだったので、他の作品もこんなにエグい面白さなんだったら一気に観ちゃうのが勿体無いような気分になって、結局まったく観てないんですよね。


そんななか今作をマークし始めたのは今年4月ごろのこと。アトロクことTBSラジオアフター6ジャンクション」で放送された「映画で学ぶ“ろう文化”特集」にて、紹介されていたんです。



「手話という言語の扱い」や「当事者キャスティング」についての話で、あまりざっくり説明していいことではないけれど一応ざっくり文脈を説明してしまうと、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー(2021)』に登場する手話は非当事者キャスティングかつ、手話という言語に対する理解が十分とは言い難い、と。その点、深田監督の待機作『LOVE LIFE』はろう者俳優の砂田アトムさんがろう者の役にキャスティングされており進歩的である、と。

これはひとつ前の回の特集で突っ込んだ話がされている件ですが、ろう者の当事者キャスティングが評価された『コーダ あいのうた(2021)』ですら、肝心の「コーダ」たるヒロインはコーダでも手話話者でもないという理解の届かなさがあって(盲点…!)、そんな近年の諸々のモヤモヤ尽くしを晴らしてくれているのが『LOVE LIFE』らしいのです。

ただ、いざ観てみると素朴な疑問的なところで気になる部分も。砂田アトムさんが演じる役は韓国と日本のミックスルーツで、国籍は韓国。韓国手話のみを使う設定となっています。いっぽう砂田さんご自身は日本手話がネイティブ。

韓国手話について、同じく韓国手話という「設定」になっている『ドライブ・マイ・カー』の話題において、アトロク当該特集ではこんなふうに説明がされています。

宇多丸 映画に登場しているのは韓国の手話なんですか?

牧原(依里) 韓国の手話です。私は日本手話です。ですので違いがあるんですけれども、やはり日本は以前韓国にね、進出というか攻め込んでいたところなので、基本的にそのときに韓国に日本手話が入ってるんですね。なので、ちょっとベースが似てるんです。少し言語的に似ているところ、同じところがあるんですね。全てではないんですけれども、大方見ていて把握できるというような手話なんですね。

映画で学ぶ「ろう文化」ラジオ特集・文字起こし【前編】 | トピックス | TBSラジオ FM90.5 + AM954~何かが始まる音がする~

『LOVE LIFE』のほうでは、日本語手話を使う手話通訳さんが韓国手話は分からないので、と助けを求めてくる役所のシーンがありますね。なので、専門的な話になると分からない、ぐらいの感じなのでしょうか。

でもって、何が気になったかというと、日本手話の話者である砂田さんが韓国手話ネイティブの役をやるのって、言語的には当事者キャスティングじゃないのでは?と思ってしまったのです。こちらも調べてみると深田監督と砂田さんのインタビュー記事で触れられている箇所がありました。

深田:(前略)日韓合同でオーディションを行うことも考えましたが、コロナ禍で難しく、日本でろう者の俳優に向けてオーディションを行いました。

砂田:韓国と日本の手話は少しだけ似通った部分もありますが、異なる言語です。これまで私は2度韓国で公演をしたことがあり、その時に韓国手話を覚えましたが、その国ごとに独自の手話やろう文化があるので、今回改めてきちんと学ぶ必要がありました。

「かわいそうな福祉の人」ではない、ろう者の姿を知ってほしい。耳の聞こえない俳優、砂田アトムさんの願い | ハフポスト アートとカルチャー

韓国で公演をされているとのことなので、限りなく流暢なのかなとは思うのですが、砂田さんの別の発言を引用しつつ、あえてシビアな見方をするならば--

―ろう者でも手話を練習しなければいけないのですね。砂田さんの手話はとても伝わるものがあるし、魅力的に見えます。

砂田さん

例えば聞こえる人たちには、歌が好きという方がいますよね。ではオペラの声、あのオペラの歌は、誰でも歌えますか?そうではないですよね。やはり特訓して技術が認められて、やっとオペラの舞台に立って素晴らしい演技ができるわけですよね。手話も同じです。ただ手話が出来ればいいというわけではなくて、魅せられる手話が必要なのです。私自身、30年以上魅せる手話の練習を続けていますが、まだまだ初心者です。

映画「LOVE LIFE」砂田アトムさんが語る“ろう者は当たり前にいるもの” - NHK NEWS おはよう日本 - NHK

やっぱりそこは、韓国手話ネイティブの人が本作の砂田さんのお芝居を見たらぎこちなく見えるのかなあとか。それでいうと、木村文乃さんやあのお子さん役の子が身につけた「パパと会話するための韓国手話(であろうもの)」は、ある意味ホンモノの「当事者」だよなあとか。

別にケチを付けようとかいう主旨では断じてないです! ただ、アトロクの過去2回のろう文化特集を経て、当事者キャスティングや言語の扱いはそうそう「満点」とはいかないんだろうなあとつくづく感じたので、少し疑問を持ってみることにした、という方向性の感想です。

なお『LOVE LIFE』でいちばん印象的だった手話は、公園で会話するシーンにおける木村文乃さんの「これっきりよ」みたいなやつ。顔が、いい。あんなん言われたらショックでかい。

また、UDCastで音声ガイドを付けて観たのですが(バリアフリー字幕も標準装備で嬉しい!)、ラストのパーティーシーンでとある人物が言う「この、ごくつぶしが!」という手話。これ音声ガイドの手話吹き替えでしか得られない情報なんですよ(笑) 人知れず罵られて、ちょっとお得な気分になってしまった。

あと、鏡越しの手話の会話。真っ先に連想したのはパク・チャヌクの『復讐者に憐れみを(2002)』でした。

サムネイル画像にしてるシーンがまさに「鏡越しの手話」のシーンですね、確か。主役のぺ・ドゥナとシン・ハギュンはろう学校に通っている設定で、劇中のエグい悲劇もよく似ております。深田監督から明言はないですが、ユリイカ「韓国映画の最前線」特集号の対談記事でもパク・チャヌク作品にだいぶ触れていますし、無意識にしろ影響されているのだろうなと思いました。

といったところで。アウトプット欲がないとか言ったのはどこのどいつだ。

(2022年170本目/劇場鑑賞)