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主に映画の感想文を書いています

3.11関連ドキュメンタリー「きこえなかったあの日」「二重のまち/交代地のうたを編む」感想

映画「きこえなかったあの日」「二重のまち/交代地のうたを編む」ポスター

東京・田端のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」3月前半プログラムから、いずれも東日本大震災に関連するドキュメンタリー『きこえなかったあの日』『二重のまち/交代地のうたを編む』の2本を観てきました。

『きこえなかったあの日(2021)』

チュプキではアンコール上映となっているこの作品、わたしは確か公開時に新宿K's cinemaの予告編タイムで見かけた記憶があります。そのときは「耳の聞こえない人と東日本大震災」の話だと思っていたのですが、実際観てみると本作が扱っているのは3.11のみならず、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨、そして今現在のコロナ禍と、じつに10年間の記録でした。

2011年3月11日、あの日。宮城県に住むろう者の女性は「サイレンが聞こえなかった」といいます。たとえテレビを付けていても、停電したら世の中との繋がりが断たれる。考えてみれば恐ろしい話です。この頃、避難所や役所に手話通訳が配備されることは稀だったそうです。

2013年、鳥取県で全国初の手話言語条例が制定されます。

障がい者への理解と共生を県民運動として推進するあいサポート運動の発祥の地である鳥取県において、ろう者の人権が尊重され、ろう者とろう者以外の者が互いを理解し共生することができる社会を築くため、手話が言語であるとの認識に基づき、手話の普及に関し基本理念を定め、県、市町村、県民及び事業者の責務及び役割を明らかにするとともに、手話の普及のための施策の総合的かつ計画的な推進を図ろうとするものである。鳥取県手話言語条例/とりネット/鳥取県公式サイト

これを機に、この取り組みは少しずつ全国に広がっていきます。ちなみに鳥取県は「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」の開催地でもありますね。昨年その存在を知り、オンラインで視聴しました(チュプキにて本作の音声ガイドも手掛けているバリアフリー活弁士・檀鼓太郎さんが大会のライブガイドを務めておられました)。

未曾有の災害は繰り返されますが、全てが繰り返されるわけではありません。2016年、熊本地震。避難所にはろう者に向けた案内文が張り出され、手話通訳者も配備されていました。おそらくは「手話パフォーマンス甲子園」に出場するような手話サークルの学生たちが避難所を訪れ、被災したろう者の人たちと歓談するような場面も見られました。

2018年の西日本豪雨では、ろう者が災害ボランティアに参加しやすくなる仕組みが作られました。それまでは、耳が聞こえないというだけで断られるケースが多かったといいます。そして2020年、新型コロナウイルスの流行。貴重な視覚情報である「口」を隠されてしまう厳しい状況ですが、ニュースの会見映像に手話通訳がついたり、役所にも手話通訳者が常時配備されているようです。

ろう者の視点からこの10年の日本社会を定点観測したような本作。『きこえなかったあの日』という過去形のタイトルには、少し「前進」の意味合いも込められているのかな(そうだといいな)と思いました。

なお、このまとめ方だと「未曾有の災害と社会制度」みたいな話に取れてしまうかもしれないのですが実際のところは人間ドラマの要素も非常に強く、116分という比較的長めの尺のなかで、人の生き様やコミュニケーションのことなどが濃密に描かれています。

鑑賞日の上映後には今村彩子監督がご登壇(公式レポートはこちら)。コミュニケーションは言語の壁以前に「気持ち」が大切であり、なんとなくの身振り手振りであっても相手の気持ちが伝わってくれば不思議と理解できるものであるといったお話を伺いました。逆に言えば、制度として定められたとしても社会全体の気持ちが伴わなければそれは「きこえない」ままなのでしょう。身が引き締まりました。

今村監督はご自身もろう者で、この日も手話通訳付きでの舞台挨拶となりました。シネマ・チュプキは全作品音声ガイド&日本語字幕付き上映のユニバーサルシアターなため客席には目の見えない方もおり、聞こえない監督と見えない観客が質疑応答でやり取りする場面も。これ決してチュプキでは珍しくない光景なのですが、こういったテーマの作品を観た直後だとひときわ尊く見えました。

『二重のまち/交代地のうたを編む(2019)』

こちらは舞台を陸前高田に絞った作品です。「二重のまち」って何だと思われますか。それは、震災後の陸前高田で進められている「かさ上げ工事」によって分かたれた「かつてのまち」と「あたらしいまち」のこと。ダムの埋立地なんかと状況的には近いかもしれませんが、意味合いはだいぶ異なるでしょう。

本作はそんなふたつの「まち」を描いた小説『二重のまち』をテキストとし、東日本震災と近しくない若者たち4人が陸前高田の地で何かを聞き、感じ取り、自分なりの『二重のまち』を朗読発表する、というワークショップから生まれた映画なのだそうです。

土地の歴史を新しい世代に継承していくドキュメンタリーとしては、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記(2020)』を連想しました。能登半島から沖縄へ15歳の若さで単身移住してきた少女が沖縄について深く知っていく過程を記録した作品で、すごくすごくいい作品です。本もおすすめです。

『二重のまち』は監督はじめ制作陣も若いためか、扱っている題材はセンシティブなものでありながら映像がとてもスタイリッシュで「観やすい」のも印象的でした。ちょっとおしゃれすぎるか?と感じるような(そもそもわたし「ワークショップ」にアレルギーがあるので……)場面もあれど、いやいや、ドキュメンタリーは間口の広さも大切ですものね。

ちなみにわたしが本作で「あっ」となったのは「防潮堤」。震災以降新たに作られた、巨大な防潮堤です。防潮堤を建造していること自体は知っていても、それがあんなに高くそびえるものだとは、濱口竜介監督の『寝ても覚めても(2018)』を観るまで知りませんでした。今回はそこからさらにもうひとつ知見を深められたと思います。

もうひとつちなみに。ベトナム人技能実習生たちの不法就労問題を描いた『海辺の彼女たち(2021)』の感想で、それまで興味関心がなくて報道も意識したことがなかったのに映画を観たら翌々日からそのニュースがいきなり耳に入ってきた、なんて体験を書いたのですけども、今回はさらに速効性があって、翌朝のニュースでそのものずばり「陸前高田のかさ上げ工事」に遭遇。アンテナの感度調整を怠ってはいけないのだと痛感した次第です。

以上、シネマ・チュプキ3月前半3.11関連プログラム2本の感想でした。どちらも3/15(火)までの上映です。『きこえなかったあの日』の音声ガイドは、手話シーンの吹き替えがすごいです。

(2022年36・37本目/劇場鑑賞)

ニッチな余談ですが、『きこえなかったあの日』には、チュプキ製作のドキュメンタリー映画こころの通訳者たち(公開準備中)』にも登場する「とある方」が出てきます。チュプキスタッフさんも今回のアンコール上映で初めて気付いた!という、この密かな見どころ。『こころの通訳者たち』本公開の暁にはぜひ併せてご覧いただきたいです。