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深田晃司監督作品「よこがお(2019)」雑感|血の気が引く、背筋が凍る、胸糞悪い、でもめちゃくちゃ面白い

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深田晃司監督の『よこがお』を観ました。WOWOWでなんとなく録画しておいた一本だったのですが、これが非常に面白かった。監督、かなりの変態ですね……。

本作はまず何より主演・筒井真理子さんの怪演を愉しむ映画であり、あらすじを書いてしまうと楽しみが削がれてしまうような脚本の妙を愉しむ映画でもありました。暗く重い内容ではあるものの(ざっくり言えば復讐劇)、背筋が凍るようなエンタメ性も併せ持った傑作だと思います。以下、なるべくネタバレに配慮して書いてゆきます。

状況を読み解いていく前半

冒頭、筒井真理子さん演じる主人公が美容院へふらっと入ってきて、池松壮亮さん演じる美容師が担当につきます。ここでの会話がまず面白い。お客さん、前にも来てくださいました? いえ、来てないわ。 え、そうなんですか。なのに指名してくれたんですね。 ふふ、そうね。 え、なになにこの、のっけからめちゃくちゃ掴みのいい会話劇。

どういうことなの、どういう話なの、と好奇心にグイグイ引っ張られながら前半は進んでいきます。この映画、欠けたピースを埋めていくのは主に聴覚情報。テレビから聞こえる音声、ケータイから漏れ聞こえる相手の声、会話の節々で知る「新情報」の数々。耳からの情報でこんなにゾクッとする映画はなかなかないです。

※監督の作品は海外でも人気が高いようですが(ちなみに本作も日仏合作)、ストーリー展開をこれほど「音」に委ねているとなると、字幕だけでは十分に楽しめない気がします。吹き替え版があるのかな。あるといいな。

また、大きく分けて2つの時制が登場します。必ずしも平行に進んでいくわけではないのでやや複雑ではありますが、ちゃんと会話のなかで説明されているため迷子になることはないはず。そもそも美容院から始まる理由というのもひとつにはビジュアル面での分かりやすさを作るためなのは間違いなくて(『裏切りのサーカス』のメガネ的な)、諸々じつにスマートで秀逸なオープニングです。タバコの煙にフォーカスを当てたままカメラが上昇していくタイトルバックも息を呑む美しさでした。

ヒリヒリと堕ちていく後半

主人公は、全く予想外のところで誘拐事件とその報道に巻き込まれていきます。最初にそれが分かるのが前述した「テレビの音声」なわけですが、ここが観客的にも本当に予想外というか、えっ? と固まる主人公の心境にシンクロします。関与は全くしていないのだけど、しかし明らかに関係者になってしまったこれはまずいぞ、言うべきか言わざるべきか。

そこで登場するのが、市川実日子さん演じる基子です。彼女は事件の被害者とも主人公とも非常に近い関係にあり、両者をとりもつ唯一の理解者・救世主として観客の目には(もちろん主人公の目にも)映るのですが、こちらもまた予想外の「もつれ」が発生し、とんでもないことに。

もつれる瞬間は多分「動物園デート」の帰り道なのでしょう。そして喫茶店の会話でそれが決定的なものとしてあらわれます。基子のあまりに「予想外」な発言を受けた主人公の「血の気が引いた」感じ、すごいです。きっと頭は真っ白、状況が全く理解できず、何はともあれ口から「ごめんなさい」を絞り出すので精一杯。誰しも何度かは経験があるであろう顔面蒼白の硬直感が見事に再現された、劇中で最も心臓の止まるシーンです。

この「血の気が引く」感じは本作の表現として非常に印象的なところで、テレビの音が聞こえてきた瞬間もそうだし、仕事先でとある人物から「ちょっとこっち来ていただけますか」と手招きされた際の「絶対これバレてる」な瞬間もそうだし、美術館で主人公が美容師の男からある情報を聞いた瞬間もそう(3つめは感情の方向がおそらく違いますが)。映画を観ているだけなのに自分ごととして背中に冷たいものが走るこの感じ、個人的には意外と味わったことがなくて、その点だけでもすごい映画だなと思いました。

女優・筒井真理子

監督自身も筒井さん撮りたさに当て書きしたという本作、とにかく筒井真理子さんの幅広い演技を堪能することができます。かたや善良実直極まりない姿、かたや熟女のエロスに満ちた姿、ときには目を疑うような「人外」の姿まで。美容院から始まるだけあって、髪の毛の表情も注目ポイントです。

ルックスだけではなく内面から滲ませる演技も絶品で、終盤の「意外にのどか」な公園シーンなどで特に顕著な「陰と陽」の切り替えや生気のオン/オフにはぞっとします。昨今ポリコレ的観点から「女優」という呼び方に消極的な動きがありますが、こういう演技を見せられるとこれはやはり「女優」と呼ぶほかない魅力だよなあと思います。

さて、物語は最後までひたすら張り詰めたまま進みます。空き家からのカメラワークはめちゃくちゃ怖いし、狂気の信号待ちは映画史に残る名シーンと言えるでしょう。そしてラストシーン、永遠にも思えるバックミラー越しのドライブ。わたしの解釈ではあの車、エンドロール突入と同時に断崖絶壁からダイブしてます(もう、楽にしてあげたい)。なんか今ふと、『マルホランド・ドライブ』がよぎりましたけども。女と女の、愛憎と虚実の物語。ああいうのが好きな方におすすめです。

(2020年155本目/WOWOW

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