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主に映画の感想文を書いています

映画「しとやかな獣(1962)」感想|とある団地の万引き家族(なるほどこちらもパラサイト!)

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先日『パラサイト 半地下の家族(2019)』に大きな影響を与えた映画として『下女(1960)』の感想を書いた際にコメントで教えていただいた川島雄三監督の作品『しとやかな獣(けだもの)を鑑賞しました。

調べてみると『パラサイト』の公開当時から話題になっていたようなのですが全くノーマークで、それどころか川島雄三監督のことすら存じ上げないというお恥ずかしい状態だったため早急に鑑賞。これがもうめちゃめちゃ面白くて大興奮でした。『パラサイト』に間違いなく通じる作品であるのはもちろん、日本映画の奥深さを改めて思い知ることにもなりました。教えていただき感謝です。

本作の舞台は高度成長期の東京。一見すると『東京物語(1953)』のような団地の一室を“ワンシチュエーション”とした会話劇なのですが、そこで描かれるのは清々しいほどの悪びれなさで金持ちから金をむしり取る悪徳四人家族! 家族構成は、父・母・長男・長女。この時点でもう『パラサイト』ですよね。団地というところではポン・ジュノ監督のデビュー作『ほえる犬は噛まない(2000)』にも通じます(個人的には『パラサイト』と一番近いポン・ジュノ作品はこれだと思っている)。

さて映画冒頭、まずは掴みが最高です。ちょっと引いたアングルでベランダ側から捉えられる団地の室内。地味な絵面に対して ヨォ〜〜ッ ポンポンポンポン とやたら騒々しいお囃子。あ、これはやばいやつだ(確信)。タイトルクレジットが映される傍ら、なにやらせっせと家具を移動させている住人たち。カメラが内側に入ってヨォ〜〜〜ッ! ポンッ!!と本編スタート。

「テレビは片付けといたほうがいいね」「そうですね、ステレオには風呂敷かけておきますわ」「このテーブルクロスもっと悪いのと替えといたほうがいいね、ビニールのがあったろう」「はい、すぐに」「灰皿も便所のでいい」──中年夫婦が交わす妙な会話だけで、なるほどこれは借金取りか何か来るんだな? かつこの夫婦は素朴に見えてワルだな? というのが読み取れる、じつにじつに秀逸なオープニングです。

予想通り「都合の悪い相手」が押しかけてきました。ピノサク・パブリスタとかいう胡散臭さ満点の歌手が登場した時点でオッケー完全にふざけてやがるとガッツポーズできるポイントなんですが、どうやら「おたくの息子さん」が会社の金を使い込んでるっぽいと。しかし笠智衆の皮を被ったお父さんは「うちの子に限ってそんなこと」の一点張り、どころかべらべらべらべらべらべらと絶え間ない出まかせを並べ立ててゆきます。会話劇をこよなく愛するわたし、ここで完全に落ちました。

そんなこんなで招かれざるお客を丁重にお見送りすると、待ってましたとばかりに噂の息子さんご帰宅。派手な身なりの娘さんも続けてご帰宅。ソファやテレビを定位置に戻して、メロンでも切りましょうね。万引き家族'62のはじまりはじまりです。

先にも書いたようにこの映画、本当にワンシチュエーションでして基本的には団地の一室しか出てこないんですが、ありとあらゆる場所にカメラを置いてとにかくバリエーション豊かに団地を舐め回してくれます。家から出ない代わりに次々と新キャラが「来訪」してくるのも楽しいところで、その様は渦中の長男くんすら「ニューフェイスがどんどん現れるな!」と笑ってしまうほど。

あまりのテンションにこれはもう最後まで途切れぬ会話の弾幕、ノンストップブラックコメディなのかと思いきや、突然スパッと時間を止めるかのような心象描写めいたモノローグが挿入されたりもして。舞台っぽいんですよねすごく。実際舞台化もされているようですけども。

ノローグシーンで特に印象的なのはこれでしょう。やけに長い階段。そしてしとやかに一段ずつ向かってくる若尾文子さん。

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この階段は繰り返し出てきますが明らかに団地の階段ではなく、心象風景めいた表現のためだけに作られたと思われる現実離れした階段(たまらん)。それにそう、階段映画というところまでしっかり『パラサイト』ですし、ビジュアル的にもこれを連想しないわけにはいきません。

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『パラサイト 半地下の家族』より

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『しとやかな獣』より(接近ver)

コメントでご指摘いただいた通り、確かに『下女』よりも本作のほうがより直接的に『パラサイト』な部分が多かったです。にも関わらずここまでこんなにノーマークでいられたのは逆に不思議。と思いながら『アトロク*1』の若尾文子さん特集を聴き直していたら、のっけから本作と『パラサイト』の話をしていました。なんだ、情報としては聴いてたんじゃん。当時なんとなく関心を持てなかっただけなのか……。

上記の特集を聴きながら観たい作品をFilmarksでがしがし登録していたのですが、確実に「若尾文子沼」は深そう。そしてわたしが好きそう。本作の若尾文子さんでもその低体温な魅力は十分に伝わってきましたけども、おそらく本領発揮したらこんなもんじゃない気がするんですよね。ちょっとまだ、手を出さないでおこうと思います(韓国沼で忙しいんで……)。

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本作の若尾文子さん(洋装編)

そんなわけで本作『しとやかな獣』、『パラサイト』好きな方はもちろん、ワンシチュエーション会話劇と聞いてピンときたような方にも絶対おすすめです。NetflixやPrimeVideoで手軽に観れますのでぜひ!

(2021年8本目/U-NEXT)

しとやかな獣

しとやかな獣

  • 発売日: 2015/09/21
  • メディア: Prime Video

*1:散々お世話になっているラジオ番組『アトロク』の紹介記事を書きました:好きを増やして日々を楽しく 〜TBSラジオ「アフター6ジャンクション(アトロク)」のススメ〜 - 353log