353log

主に映画の感想文を書いています

映画「マイスモールランド(2022)」感想|在留資格を失った在日クルド人家族の、フィクションだけど本当の話。

現在公開中の映画『マイスモールランド』を観てきました。


映画「マイスモールランド」ポスター
映画「マイスモールランド」ポスター


降って湧いた休みの日、午前中に渋谷のシアター・イメージフォーラムで『私だけ聴こえる(2022)』を観て、買い物がてら新宿をぶらぶらして。無印へ行くついでに新宿ピカデリーの入口で上映作を軽くチェック……あ!! 『マイスモールランド』やってるじゃん!! 観たいんだった!!

と、いうことで、全く予定外の鑑賞でございましたが、いやあ……、観れてよかった。評判に違わず素晴らしい作品でした……。

ざっくり概要を書いておくと、難民申請の不認定により在留資格がいきなり失効となってしまった在日クルド人の家族を描くフィクションの劇映画。監督はこれが商業デビュー作となる川和田恵真さん。主演は同じくこれが俳優デビューとなる嵐莉菜さん。お二人とも、いくつかの国にルーツを持つ方です。

公開されるや非常に高い評判が聞こえてきて気になってはいたものの、概要から想像したのは『海辺の彼女たち(2021)』のような、息の詰まる作品。いやもちろん、『海辺の彼女たち』は素晴らしい作品です。ただ、スタミナを使う作品であることも確か。観るのに結構な覚悟が要るのですよ。

藤元明緒監督作品『海辺の彼女たち』は、日本で「不法就労」するベトナム人技能実習生たちの境遇をドキュメンタリーさながらに描いた劇映画。


どっこい本作『マイスモールランド』は、蓋を開けてみれば意外や青春ラブストーリーの色も強めなヒューマンドラマだったので驚きました。また、こういう作品って普通もうちょっと露悪的に人を描きがちだと思うのですが、その点でも本作はほぼほぼ「いい人」しか出てきません。主人公家族は日本国から非人道的な扱いを受けるけれど、人対人ではどちらかといえば優しい世界。覚悟していたほど突き落とされなかったことに、少し安堵。

しかし、エンドロールの流れる文字を見ているうち、じわじわと違う感情が押し寄せてきました。映画の中が思いのほか優しい世界だっただけに、もしかしなくてもこれ、現実の方が救われないのではと。淡々としたエンドロールで、勝手に涙が出ました。ここで出るのか!涙! と突っ込みたくなるほどでした。

それほどに感情移入させられたわけは、ひとえに主役の女子高校生サーリャを演じた嵐莉菜さんの魅力が大きいです。この方、いくら言い尽くしても言葉が足りないほど魅力的で。本作は「当事者キャスティング」がむしろ当人たちに不利益を生じさせる可能性があるため、マルチルーツということ以外は非当事者でキャスティングされているのですが、フィクションの劇映画として問題提起の世界に観客を引き込むということであればこの嵐莉菜さん、もうベスト中のベストな配役と言えます。百聞は一見にしかず、観てください。劇場で。

また、奥平大兼さんが演じる男子高校生・聡太は、イコール観客のわたしたちなキャラクターです。サーリャと接点のなかった彼が、偶然出会った彼女の魅力にまずは惹かれていき、そこから「クルド」のことを知る。「クルドって、どこにあるんですか?」まずはそこから尋ねる。彼女の置かれた状況を知って「どうして君が」と困惑し、「しょうがないよ」と彼女がこぼせば「しょうがなくなんかない」と返す。観客が今サーリャにかけてあげたい言葉を代弁してくれる。代わりに行動してくれる。そういう役どころである聡太の存在が、本当にありがたかったです。

それと、サーリャがそんな彼のことを少し危なっかしいまでに信頼し、早くからいろいろなことを打ち明けていくのもストレスフリーでよかった。あんな彼女だから、この先きっと光はあるに違いない。でも、現実はそんな人ばかりではないだろう。物語世界の酸素を薄めなくとも、想像した現実世界とのギャップで呼吸困難になる。こんな問題提起の仕方があるんだなと思いました。

物語世界はほんとにね、美しいんですよね。グレーディングにかなり時間をかけたという、惚れ惚れする映像がどこまでも続きます。ベテラン揃いのスタッフたちもおそらくはそれぞれに手腕を発揮しまくっており、印象的だったのは例えば、水切りを音だけで「見せる」ところとか、面会室のアクリル板にわずかながら映り込むリアクションとか、最初から最後までふわっと綺麗な光源の処理だとか。とにかくトータルでこの川和田恵真監督、デビュー作にして「映画が巧い」です。圧巻。

川和田監督は是枝裕和監督の門下生でいらっしゃるのですけど、確かに是枝作品の「誰も知らないけど、この東京の空の下にこんな家族がいるのかもしれない(というか、いるんだよ)」みたいな感じに通じるところもある気がします。一番それを感じたシーンは、サーリャが橋の真ん中で意を決して「越境」するところ。北緯38度線ラブストーリーは日本じゃ味わえないと思っていましたが、いや、あるんだ、日本にも、それぞれの38度線が。

なお、何かできないものかと見ていた難民支援協会のサイトによれば「日本の難民認定基準は非常に厳しく、2021年に日本で政府が「難民」と認定し、在留を許可したのはわずか74人でした。一方で、同年に不認定と判断されたのは、10,928人。多くの方は安定した在留資格を得られず、先の見通しが立たない不安定な生活を続けています。」というのが日本の現状だそうです。 どうしたらいいか分からずお金を持ってきた聡太のように、とりあえずできることは金銭的援助なのか、もっと他にもできることがあるのか。引き続き調べてみます(追記:少額ですが毎月の寄付をすることにしました)。

さらに追記: 奇しくも同時期に公開されている『FLEE フリー(2021)』も併せてどうぞ。

(2022年98本目/劇場鑑賞)

感想を書くとなるとどう着地したものやら迷ってしまう作品ですが、とにかく映画としてのクオリティが素晴らしいので何はともあれご覧いただきたく。あ、でもそうそう一点だけ厄介な「ノイズ」があって。サーリャがバイトしてるコンビニがね、『ベイビーわるきゅーれ(2021)』のコンビニなんですよ(笑) あわや!だよ、あわや!