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映画「FLEE フリー(2021)」感想|「マイスモールランド」と併せて必見な、難民を知るアニメーション・ドキュメンタリー

ヨナス・ポヘール・ラスムセン監督によるアニメーション・ドキュメンタリー映画『FLEE フリー』を観てきました。『サウンド・オブ・メタル 〜聞こえるということ〜(2020)』のリズ・アーメッド、『ゲーム・オブ・スローンズ』のニコライ・コスター=ワルドーが製作総指揮をつとめています。


映画「FLEE フリー」ポスター
映画「FLEE フリー」ポスター


アミン・ナワビという人物の半生を、旧知の仲である監督がインタビューしていく。ざっくり言えばそういう映画なのですが、語られる内容が非常にセンシティブであるため、本作では「アニメーション・ドキュメンタリー」と呼ばれる手法がとられています。

通常のアニメーションが「画に音をあてる」ものだとすれば、アニメーション・ドキュメンタリーは「音に画をあてる」ものだと思えばよいでしょうか。実際に撮影・録音された記録物を音素材としてアニメーション作品に仕上げていくことで匿名性を担保すると同時に、映像作品としてより挑戦的な表現が可能になる、そんな手法のようです。

アミン・ナワビ(仮名)が語る自身の物語、中心となってくるのは、アフガニスタン出身の彼が難民として亡命してきた過去について。先日鑑賞した『マイスモールランド(2022)』も、日本に亡命してきたクルド人家族のことを事実に基づくフィクション映画として描いた作品でした。

『マイスモールランド』を鑑賞したことで、恥ずかしながら初めて「難民問題」を自分ごととして突き付けられた感覚になって。と同時に、TBSラジオアフター6ジャンクション」にて『マイスモールランド』も『FLEE』も評論しているライムスター宇多丸さん*1が「無力感という言葉を簡単に使うべきではない」と最近ことあるごとに言っている*2のですけど、それは本当にその通りだなとも思って。

これ文脈としては、このような作品を観て、特に『マイスモールランド』は「日本の実状」を描いている作品であるにも関わらず、鑑賞後のぐるぐるした気持ちを「無力感」という言葉に落とし込んでしまうのはどうなのか、思考停止ではないのかと。

つまり私たちは無力じゃない。参政権を持っているし、寄付などで直接的に支援することもできる。この場合の「無力感」っていうのは、爆弾を落とされ銃を突き付けられた人が使う言葉なんだと。本作でも少年時代のアミンが「無力」という言葉を使う場面がありますが、確かにあれは現代の日本人がそうそう体験する状況ではない。

それで結局わたしは、今までそんなことしたこともなかったですけど、いろいろ調べて、難民支援協会(JAR)に毎月自動引き落としの定額寄付をすることにして。ごく少額ですが、ほとんど自分の気持ちのためなんですが、でもただ「無力感」で思考停止しているよりは少なくともいくぶんか具体的な行動ではあるだろうと。これまで慈善活動の類から距離を置いていたわたしとしてはかなり大きな変化で。映画の力はすごいなと感じているところなのですが。

なんだっけ、すごい脱線しちゃった。そう、で、もともとこの『FLEE』も観るつもりでしたけどなかなか時間合わなくて、でも難民支援協会から先日届いた郵便物のなかに、見透かされたかのように『FLEE』のチラシが入っていて(笑) あらためて大慌てで観てきた次第にございます。立川シネマシティ、いい時間にやっててくれてありがとう。


話を戻すと本作は、アミンと旧知の仲である監督が、しかし出会った頃からアミンは自分の話をあまりしたがらなかったと。そこで今の自分の生業であるドキュメンタリー監督として、彼を取材してみることにした。君の話を教えてよ。そんなところから始まります。

いちばん印象的だったのが、アミンが言い淀んでいたこと(姉たちのエピソード)をついに話す場面。正直、「あっ、なんだ」って拍子抜けしたんですよね。いや、なんだじゃねえな、ひでえな自分、と落ち込んでいたら、スクリーンの中で監督も「あっ、なんだ」みたいなリアクションするわけですよ。「なんでそれが今まで話せなかったの?」そうそうそう! 監督全部言ってくれちゃうわけですよ。

じつはそこがミソで、「なぜ言えなかったか」の真相が徐々に見えてくる、理解が追いつく、無知が埋まる、ような展開になっていきます。これ『マイスモールランド』で奥平大兼さんが演じていた男子高校生の役もそうですし、個人的趣味の範囲では大林宣彦監督の晩年の作品群などもそうですけど、「一般観客の役」「よく知らない人の役」を用意してくれるのってすごく優しいなと思います。映画としてのつくりが巧いです。

また、アミンのセクシュアリティについても並行して語られていくのですが、「同性愛」という言葉がそもそも存在しなかったという世界で育ってきたアミンがいよいよ耐えかねて家族に明かす場面、ここも映画としてのつくりが巧かったですね……。そこまでの閉塞感とミスリードが効いた、劇中唯一と言ってもいいほどの解放感多幸感に溢れたシーンで。ここで泣くとは、と驚きながら涙しました。

閉塞感のほうでは、二度にわたる「船」描写、本当に気分が悪くなりそうでした。ところどころ挟まれる実際の記録映像(実写)がまた生々しくて……。巨大な船とちっぽけなボートの、ゾッとするような対比とか。あれこそ無力感ですよね。しかもあの巨大な船は「日本」でもある、と『マイスモールランド』を観たあとなら分かってしまう。

『マイスモールランド』は「この人たちがこんな目に遭うなんておかしい」と自分ごとに思わせてくれる作品で、『FLEE』は「この人たちをこれ以上苦しめないで」と自分ごとに思わせてくれる作品かなと思います。


ちなみにボートのシーンでふと思い出したのが沖田修一監督の『横道世之介(2013)』。

ベトナムからの難民が九州の浜にボートで上陸する光景が唐突に出てきて、のちに吉高由里子さん演じる「祥子さん」は国連で働く人になっている。そこまでは覚えてたんですが、調べたらUNHCRだと知って。『横道世之介』を観たときは「そこまで変わるかな」なんて思っていたんですけど、映画でここまで意識が変わるのだから実際にその場面に触れたらそれくらいの変化は十分あり得るのかもしれない、と今は思ったり。

そんなところで、『マイスモールランド』をご覧になった方はもちろん、そうでなくてもいきなりでもなんでも、ぜひ観ていただきたい作品『FLEE フリー』でした。

(2022年110本目/劇場鑑賞)

実写映像による地続き感という点ではラストシーンがまた違うベクトルで素晴らしかった……!ことを今思い出しました。

難民支援協会のサイトにある「難民にまつわる12のよくある質問」というページが、基本的な難民問題を学ぶ上でとても分かりやすくておすすめです。

6/20にTBSラジオ荻上チキ・Session」で放送された「入管施設と外国人受け入れ」の話も、今現在の日本の問題を考える上で分かりやすかった、というかとんでもないことだなと思いました。