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主に映画の感想文を書いています

映画「海辺の彼女たち(2021)」感想|日本で不法就労するベトナム人技能実習生たちの境遇に絶句

ずるずる一週間が経ってしまいましたが(上映期間も終わってしまいましたが……)、シネマ・チュプキにて『海辺の彼女たち』を観ました。例によってどんな映画なのか何も知らずに観るパターンです。ただ今回はアンコール上映だったので、なかなかヒリヒリする作品であるらしいことは前回チュプキにかかった際の感想リツイートなどでうっすら察しておりました。

そんなわけで多少は覚悟といいますか、身構えて鑑賞した本作。しかし覚悟が足りなかったな、それ以前に知識も意識もあまりに浅すぎたなという、受けるダメージの大きい作品でした。


映画「海辺の彼女たち」ポスター
映画「海辺の彼女たち」ポスター


本作が扱うのは日本で働くベトナム人技能実習生たちの実状。と言っても、そもそも「ベトナム人技能実習生たち」という存在をよくわかっていない自分がいました。この点について、本作のパンフレット(非常に濃い内容でおすすめです)に『外国人労働者技能実習制度〜その数字と解説〜』という丁寧な解説が掲載されていましたので、そこからより簡単にまとめてみます。

まず、日本における在留外国人の数は2020年6月時点で288万5,904人。そのうち外国人労働者数は2020年10月時点で172万328人もいるそうです。さらに「技能実習生」の数はというと、2020年6月時点で402,422人。外国人労働者数全体の23.3%に当たります。

技能実習制度」とは何か。解説にはこうありました。

開発途上国の「人づくり」に寄与することを目的として、一定期間技能実習生として日本で受け入れ、技術や知識を学び本国の発展に活かすという趣旨で1993年に制度化された。(パンフレットp4より)

当初は中国が多かった受け入れも、2019年にはベトナムが全体の半数を占めるほどになったそうです。では、そんな「技能実習制度」が内包する問題とは何なのでしょう。

制度上転職が許されず、転籍も困難なことから、日本人労働者が定着しない不人気産業を中心に、技能移転という本来の目的を逸脱し、途中で辞めない使い捨て可能な労働力の確保策として利用される例が多発した。(パンフレットp5より)

また、高額な仲介手数料に起因する借金、違法な労働条件下でのハラスメントなど様々な問題が確認されているとのこと。法改正により実習生の権利を守る対応が進められてはいるものの、現実には失踪して不法就労に従事する実習生も続出しているそうで、2019年に失踪したベトナム人技能実習生はなんと6,105人にものぼるとか。衝撃的な数字です。


──という基礎知識を経て、あらためて書きます。本作が扱うのは「日本で働くベトナム人技能実習生たち」の実状。それも「失踪して不法就労に従事する実習生」たちの実状です。

非常にドキュメンタリー的な質感とテーマの作品であるため、最初のうちは「ドキュメンタリーなのかな?」と思いながら観ていたのですが、状況が見えてくるとこれはドキュメンタリーでは有り得ないと遅ればせながら気付くことになりました。だって、「失踪」して「不法就労に従事」する姿なのですから。

というわけでこの映画は「きわめてドキュメンタリー寄りの、ノンフィクション寄りの、フィクション」といったところになります。年若い3人の「彼女」たちが都会の「受け入れ企業」から夜逃げして青森の港町でひっそりと働く、基本的にはそれだけのストーリーなのですが、特筆すべきは「とても日本とは思えない息苦しさ」に押し潰される90分であることです。

鑑賞直後のメモにわたしが書いたのはこんな言葉たちでした。「最初から最後まで悪夢のよう」「息苦しい、心細い、気分が悪くなる」「東京の電車が、異国の列車に思える」「フェリーも、辿り着いた地も、異国に感じる」「病院の受付すら息を呑む」「絶対に抜け出せない、日本という牢獄に見える」。

現代日本を描いた映画で、電車に乗っているだけでこんなに息苦しいことってあるだろうか。若い女性が線路沿いを歩くシーンを見ているだけでこんなに気分が悪くなることって、座って観ているのに柱かなにかに掴まりたくなるようなことってあるだろうか。病院で問診書をもらうまでに、こんなに心拍数を高めたことがあるだろうか。

東京の通勤電車がアウシュビッツ行きの列車に思える。のどかな青森の線路沿いがゴルゴダの丘に思える。病院の受付が決死の越境に思える。そんな映画でした。ラストシーンで「彼女たち」の一人が決断することも、その手前に少しだけ人間味のある描き込みをしていることで、かえってきつい。思い出すだに尋常ではなくしんどい映画でした。


観賞から一週間が経って、これは『1917 命をかけた伝令(2019)』や『異端の鳥(2019)』のような「ライド型の地獄めぐり映画」だったのかもなと客観的?な見方も可能にはなってきましたが、しかし問題はこれが第一次大戦でも第二次大戦でもなく現在進行形の日本の実状であるらしいということ。そしてそれをわたしは全く知らなかったということ。

技能実習制度の問題点がいま注目され、頻繁に報道されている」。そう聞いても正直、恥ずかしながらわたしは全然ピンときていなくて。テレビのニュースを見るのは朝の15分くらいだし、あとは自分好みのタイムラインしか眺めていないのだから仕方のないことかもしれない。そうも思いました。ただ本当にこわいなと思ったのは鑑賞の翌々日。朝いつものようにタイマーでテレビがつき、NHKのニュースが耳を通り抜けていきます。この日、真っ先に入ってきたワードは「ベトナム人技能実習生」。飛び起きました。

何が怖いって、つまり、ずっとそこにあったけど、知らなかったから見えていなかった。それだけ。それだけなのが、本当にこわい。

映画の力は大きいです。たった一本で、この違いです。幸運にもこの日のチュプキでは監督のご登壇があり直接感想をお伝えすることも叶ったのですが、でも本当の意味で「映画の力」に驚かされたのはそのあとのことでしたから、藤元明緒監督にあらためて感謝せねばなりません。

(2022年32本目/劇場鑑賞)