是枝裕和監督作品「大丈夫であるように -Cocco 終らない旅-(2008)」雑感|沖縄の人たちはなぜ明るく、歌い、踊り、三線を弾いているのか
是枝裕和監督の作品を順番に観ています。今回は劇映画ではなく、歌手のCoccoに密着した『大丈夫であるように -Cocco 終らない旅-』というドキュメンタリー映画です。これがめっぽうよかったので激推ししたいと思います。
ちなみにまず書いておくと、わたしとCoccoは「好きかそうでないかでいえば好き」くらいの距離感です。『強く儚い者たち』『樹海の糸』あたりのヒット曲は好きだけどそれぐらいしか知らない、っていう程度の好き度です。なので本作も別にCoccoが好きだから観ようというわけではなく、ある程度「是枝作品を順番に観ていく義務感」で再生ボタンを押しているわけですね。だからこそ、まさかこんなに心揺さぶられるとは、という作品でした。
冒頭、沖縄のまちなかをぺたぺた歩いているCocco。1月って出てるけど薄着だな、沖縄ってこんなに暖かいのか。Coccoめっちゃ細いな。なんとなく内向的なイメージがあったけどめっちゃ明るく外向的で声もでかいな。なにせ歌声くらいしか知らないので全てが新鮮です。ライブのMCどこでも沖縄の喋り方なんだな。一人称はあっちゃんなんだな。なお「めっちゃ細い」件については、この密着のあと拒食症治療で入院していたことが最後に補足されます(実際、目に見えて細くなっていく)。
まず揺さぶられたのは序盤に登場するインストアライブのシーン。ここでCoccoは亡くなった友人を想って書いた新曲を披露するのですが、その前のMC──というか狭い店内でのライブなので目の前のお客さんと普通に話しているような感じだし、映像も不安定な手持ちカメラの、なんの飾りもないものです──で完全に心を掴まれてしまいました。意外なほどあっけらかんと友人の死を回想する語り口に聞き入っているといつの間にか彼女は泣いている。で、また笑ってティッシュでチーンとしてしっかり歌を歌う。人前において、笑うのと同じように泣くことができるんだなこの人は、とすっかり魅了されました。ちょっと尖ったオーラを放っているイメージがCoccoにはあったのですが、実際ステージではそうだとしても、多くの場面においてはすごく素朴な雰囲気に切り替わっていたのも印象的です。
また、沖縄の人である彼女の口からは、戦争のことや米軍基地のことなどが当たり前のように出てきます。ここしばらく太平洋戦争関連の映画や本などで以前よりは認識を深めたつもりでいましたが、そんな一夜漬け程度のものではやはり全然足りなくて、例えばCoccoがMCで淡々と話す「沖縄の人たちが明るく歌ったり踊ったり三線弾いたりしている理由」。もうこれだけでガツンとショックでした。本当に全然なんにも分かってなかったなと思って。
彼女は彼女で自分の知識が沖縄に偏っているという認識があったようで、ツアーで青森を訪れた際にはファン──通称「青森の女」──からの手紙を読んで赴いた六ヶ所村(核燃料再処理工場などがある)でショックを受け、涙ながらにMCをするシーンが捉えられています。沖縄だけが特別「背負っている」と思っていたけれどそんなことはなかった、日本中に同じようなところが沢山ある、もっと知っていかないといけない。そんな感じでこの映画は、漠然と想像するような「アーティストCoccoの密着ドキュメンタリー」ではなく、むしろ全ての日本人が観るべきと言っても過言ではない、日本の暗部を見つめる作品となっていたのでした。
そして今回あらためて思ったのは「ドキュメンタリーって強い」ということ。ひとつ芯の通った人物にカメラを向け続けているだけ(語弊は承知)で、こんな映画ができてしまう。もはや劇映画の立場がありません。極め付けは終盤、まさに劇映画顔負けの超展開が発生します。普通のドキュメンタリーだったら「やらせ」だと感じてしまいそうですが、Coccoなら、ここまで100分見てきた彼女なら本当にやるだろう。そのリアリティと、しかし非現実的な光景。「青森の女、忘れない。」──鮮烈なラストシーンです。
そんなところで、ドキュメンタリー畑出身の是枝監督、その手腕を(それはきっと「運」的なものも含めて)確かに感じる傑作、ご興味持たれた方はぜひご覧いただければと思います。Amazonのレビューをチラ見したところ「ファンじゃない人には分かりづらい内容ではないか」と案じておられるファンの方を散見しましたが、特別ファンじゃなくても思いっきり引き込まれ、気付けばティッシュ片手に涙しておりましたのでご安心ください。
(2020年168本目/U-NEXT)
もちろん、音楽ドキュメンタリーとしてもおもしろいんですよ。ある曲がどんどんかたちになっていく経過観察とか、アットホームを極めた沖縄公演あたりは特に見どころ。音楽じゃないけど『もののけ姫』にまつわるエピソードもすごかった。こっこさん、話術がそもそもドラマチック。