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映画「ZAPPA(2020)」感想|フランク・ザッパへの勝手な誤解がとけていくドキュメンタリー

現在公開中、フランク・ザッパドキュメンタリー映画『ZAPPA』をシネマート新宿にて観てきました。


映画「ZAPPA」ポスター
映画「ZAPPA」ポスター


シネマート新宿さん、初めて利用したのですがあんな大きな映画館だったとは。屋外かのように広大なスクリーン1の景色が目に焼き付いています。サーバーダウンでチケットが手売りになるという不憫なトラブルのなか(売切表示でも空席ありとのことです!)スタッフさんたちは丁寧な対応をされておりすごく好印象。男子トイレに入ると『The Witch/魔女(2018)』のキム・ダミちゃんに狙い撃たれる仕様も最高でした。


レンガ模様の壁。ポスターの周りに無数のジャケットが貼り付けられている。
シネマート新宿さんの素敵なディスプレイ


さて、問題の『ZAPPA』です。公式の謳い文句によれば彼のプロフィールは「作曲家、編曲家、ギタリスト、ロック・ミュージシャンであり、あらゆる芸術における先駆であったフランク・ザッパ(1940.12.21-1993.12.4)」。じつを言うとわたしはザッパを聴いたことがなかったのですが、ザッパ門下生であるスティーヴ・ヴァイにはかつて傾倒しておりまして、名前としての親しみだけならそこそこ強く持っていました。

なのであわよくばヴァイが見れるかな?という期待と、あまりにも広大なイメージのあるザッパのディスコグラフィを概観できるかな?という期待などを持って鑑賞したのですけども、どちらかというと「音楽家フランク・ザッパ」ではなく「人間フランク・ザッパ」のドキュメンタリーでしたね、これは。

とにかく驚いたのが、ザッパってこんな真人間だったんだ、と。もっと破天荒な、それこそカウンターカルチャー全盛の時代に活躍していた人なので薬漬けの人生みたいな感じを勝手に(主にビジュアルから)想像していたら、どうやら全然そうじゃない。いかにわたしがフィルターをかけていたかというと、本作を観た動機のひとつが「チャールズ・マンソン出てくるかな?」だったくらいで--

以前『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(2019)』の予習をした際に読んだ本『マンソン・ファミリー 悪魔に捧げたわたしの22ヶ月』。この中でザッパの名前が出てくる(p106)のですけど、わたしすっかりこれ「一時期、一緒に住んでた」くらいの記憶を錬成してて。あらためて読んでみたら全然そういう話じゃないんですよね。事実無根。ひどい記憶違い。まあそれぐらい「そういう人」だと思ってたってことですね。

ちなみに本作にマンソンは確かに登場しますが、でもちょっとだけ。それも、ザッパの奥さんが「なんか家の裏をマンソン・ファミリーが毎日通っていって気持ち悪いんですけど……引っ越そ……」みたいなこと言ってるくだり、のみ。


で、とにかく本作で強調されるのは、ザッパが「作って録って聴きたい」という欲求を叶えるためだけに音楽をやっていたということ。好きなことは仕事にするな、の権化みたいな人だったこと。

おれの願いは単純だ。
作った曲全てのいい演奏といい録音をする、そしてそれを家で聴く。
聴きたい人がいたらすばらしい、簡単に聞こえるがすごく難しい。
--フランク・ザッパ

映画のキャッチコピーでもあり、劇中でもたびたび時を超えて登場するこのザッパ・フィロソフィー。冒頭シーンの「仕事じゃないんだ」の意味が少しずつわかってくる、深みを増していく、ううん、すごく沁みます、この言葉。

がんに冒された晩年のザッパがまたひときわ素敵で。こんないい歳の取り方してたんだ……と。年齢を重ねたからこそ出会えた、ザッパ・チルドレンたちから成るオーケストラ。タクトを振るザッパの幸せそうなこと。ザッパの映画で泣くなんて思っていなかったのに、終盤どうしても涙が。いい人生だったんだなあと、わたしは思いました。むしろ、インタビュー中ずっと物悲しげだったヴァイのほうが心配になっちゃった。帰り道はずっとヴァイ聴いてた。

わたしが勝手に「ザッパってきっとこういうのでしょ」と思い続けていたヴァイの1st。んでもって初めて気付いたことが。『Little Green Men』の後半から執拗に出てくる音階、『未知との遭遇(1977)』のモチーフじゃん! 高校生ぐらいの頃に浴びるほど聴いていたけれど今になって気付くとは、な余談。

あとはなんだろな、映画は「1991年チェコ、ギタリスト・ザッパ最後の表舞台」から始まるのですけど、これが奇しくもというかなんというか、「ロシア軍の撤退を祝う式典」なのですよね。始まった瞬間、息を呑みました。

(2022年82本目/劇場鑑賞)

単なる音楽ドキュメンタリーではないぶん、フランク・ザッパなんて知らないよという方でも歴史の動きとかそういった側から楽しめる作品だと思います。ぜひ劇場でどうぞ。