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映画『ケイコ 目を澄ませて(2022)』感想|スクリーンで、ざらついた質感を堪能すべし。

三宅唱監督の最新作『ケイコ 目を澄ませて』を、池袋シネマ・ロサで観てきました。


映画「ケイコ 目を澄ませて」ポスター
映画「ケイコ 目を澄ませて」ポスター


ろう者のプロボクサーを岸井ゆきのさんが演じるということで、注目はしていました。しかし『ドライブ・マイ・カー』『CODA あいのうた』『LOVE LIFE』など、「ろう者の当事者キャスティング」について様々な意見が飛び交う昨今。ちょっと億劫になっていたことも確かです。

ただ本作を観て感じたのは、前述の作品群よりも「そこに注目させたいわけではない」という印象。あくまで主人公の設定としての「ろう者」といいますか、性格、年齢、いやもっと、ファッションの好みとか髪型とか、それくらいの位置に置かれた「ろう者」という要素、みたいな。考えながら書いてて、全然まとまってないんですけども。

つまり、ろう者を少なからず特別なものとみなして、きっとこの映画のなかで考えさせられること、得られることがあるのだろうと待ち構えている観客(ていうか、わたしだ)を素通りしていく。いや別に、そこばっか見ないでよ。ただの人間ですが何か? 的な。

もちろん、そういう意味での「得るもの」がないわけではなく。劇中でたびたび起こる、聞こえないことに起因する大小のトラブルだったり。マスクで口元が隠れる時代特有の新たな問題だったり。わたしは未見なのだけど人気ドラマ『silent』にも出てきたという「UDトーク」使用シーンだったり。でもスポットの先はそこじゃない気がする。という意味で、だいぶフラットな認識になってきた、のかも。

そこよりもむしろ、この映画がすごいのは質感です。16mmフィルムで撮影された映像の粒子感と、「今をときめく岸井ゆきのの主演作」としてはぶっちぎりで攻めた、エンタメとは対極の編集。意外と上映館少ないんだなと思ったのだけど、観てみると確かにこれは大型シネコンよりミニシアターが似合う。シネマ・ロサで、半屋外の窓口で当日券を買って観たのがすごく合っていたなと。

パンフレット掲載のインタビューで岸井ゆきのさんが「これから一生、この作品を背負っていくことになる」と語っておられたのも印象的で。岸井ゆきのの覚悟、ぜひとも映画館のスクリーンで向き合っていただきたい作品です。高架下の光の演出とかおそろしくかっこいいんだ、そういえば。

ロサでは、ちょうどバリアフリー字幕上映回でした。UDCastで音声ガイドも付けました。手話会話に吹替音声がついている場面もあり、だいぶ印象が変わってくるため初回はガイドなしで観たほうがよかったかなと思ったりもしましたが、字幕は音情報が解像度を高めてくれて、よいものでした。オープニングの音の重なり、最後の縄跳びの音。聴いているだけだと気付かなかったかもしれない。

バリアフリー字幕・音声ガイド制作会社Palabraの松田高加子さんによる、三宅唱監督へのインタビュー、おもしろいのでどうぞ。

観ている最中に思っていたどうでもいいこと。これってボクシング映画じゃん。スポーツ全く興味ないのにボクシング映画観ちゃってるじゃん。てことは変な意地を張らずにスラムダンク観たほうがいいのかな。あ、ろう者とスポーツというところでは大林宣彦監督の『風の歌が聴きたい(1998)』が今でもやっぱりおすすめです。よくできてると思うんだ。

(2022年224本目/劇場鑑賞)