
またちょっと書けないターンに入っているも、そのなかで『片思い世界』についてはさすがに書きたいぜと思い、どういうわけか文体も変えたくなったので今回は評論コラム風です(この文体はそんなに長続きしないので短めです)。
決定的なネタバレこそ書いてはいませんが、「何も知らない状態で浴びるワンダー」をどうかどうか楽しんでいただきたい映画であるため、観ようと思っている方は上映スケジュールだけ確認してとりあえず観に行かれてください(公式がそろそろネタバレ出し始めてるので注意です)。そういえば『ファーストキス 1ST KISS』も結局書けてなくてもどかしい。ぜひ、両方観てください!
「違和感が回収される映画」が好きらしい。最近では『映画ドラえもん のび太の絵世界物語』で、「ん?」と思うも完全にスルーされた箇所が後々しっかり回収されるという、子供騙しどころか大人すら試してくる緻密な脚本に唸ったものだった。
よくできた脚本といえば、坂元裕二である。今年は『ファーストキス 1ST KISS』も公開されたばかりなのだが、さらに強烈な布陣での新作『片思い世界』が世に放たれた。これがまた、まあすごい。
坂元脚本の醍醐味「ありそうな会話」を期待して観始めると、今作は意外や「作り物」感が強い。主人公たちが暮らす一軒家も美術さんがファンタジックに作り込んだようなものだし、そのなかで繰り広げられる三人娘のドタバタ劇は古き良き少女漫画の絵柄で脳内変換したくなる。つまり「違和感」だらけの序盤に、戸惑った。そんなとき——
「ありえないなんてことはありえない」
杉咲花演じる三人娘の一人が、突如言う。明らかにこの台詞は、この映画の指針である。坂元裕二脚本に警戒心を抱きながらスクリーンと対峙してきた観客は、ここで「了解」となる。そういうことなら、わかりました。覚悟します。と。
ちなみにこの「指針」、冒頭部でもひとつ示されている。主人公たちの幼少期を描くシーンで、ある少女がせっせと台本を書いている。そのラストを締め括るのは「ずっとこうしたかった」という台詞である。
この台詞、じつは多くの観客があらかじめ知っている。本作の予告編で繰り返し見せられていたもので、しかしそれは広瀬すずと横浜流星が抱き合っている別のシーンだった。大丈夫かなこの映画、と予告を見て私は思っていた。しかし少女が書き入れた台詞を見て、冒頭にしてその懸念は消えた。のちに広瀬すずの口から出るであろう言葉は、少なくとも「カギ括弧の中の台詞」なのだ。
そんなふうにして幾つかの指針に支えられ、とはいえリアリティラインの低さに眉間のしわを禁じ得ない導入部は、ある場面で決定的に方向性を指し示す。なんともいやらしいことに、それは観客側のフラストレーション(もっと言えば嫌悪感)が限界に達する場面に設定されていて、そのことが我々にとてつもない脳汁をもたらす。すべての違和感が砕けていく。あと単純に「映画って、おもしろい」の多幸感。ここから映画『片思い世界』は、満を持して第二幕に突入していく。
それまでの違和感が砕け散るこの瞬間こそが、思うに本作の最たる魅力だ。その後のカミオカンデ展開などもそれはそれで脳汁案件なのだが絶頂には至らない。ラフなんとかを差し置いてどっかり座り込む清原果耶を、まっさらな状態で体験できた自分の幸運と周囲の配慮にただただ感謝である。
「映画って、おもしろい」の多幸感を与えてくれた作品、他にも最近あったようなと思い巡らすと、なんのことはない『ファーストキス 1ST KISS』だった。2025年の坂元裕二作品は「映画」という表現形式をど真ん中からエンタメしていて、あまりにも嬉しい。物語の着地についても一貫していて好感が持てる(この最新2作はその意味で姉妹作と言えるだろう)。心に持ち帰るものの多い極上のエンタメを、脚本家・坂元裕二にはこれからも期待せずにはいられない。