353log

主に映画の感想文を書いています

映画『ANORA アノーラ』の話

ちょうど今日(書いたのは昨日)、アカデミー賞で作品賞ほか多数を獲得した『ANORA アノーラ』。仕事が休みだったので授賞式の生中継も観れて、ホットな気持ちで池袋グランドシネマサンシャイン、行ってきました。小雪もパラつく、かつ全くサービスデイではない月曜日ということもあってか、受賞直後とはいえ客入りは少なめ。でもまあ、ぎゅうぎゅうのシアターで観るよりはこれくらいのほうがいいかな、この映画は。

ざっくりのお話は、ストリップダンサーの女性が金持ちのボンボンと「専属契約」っていうかいっそ結婚しちゃう?のノリで結婚し幸せな日々を送っていたところ、聞きつけた両親から強制的に引き剥がされて——というもの。

レーティングR18+で肌色多めとは聞いていましたが、なるほどのっけから全開です。主人公アニー(アノーラ)がセックスワーカーなため、特に前半はあまりにもすぐ脱ぎます。「アカデミー賞とったんだって〜」くらいの感じで観にきた人たち、それなりに事故が起きそうです。

アニーが結婚した「金持ちのボンボン」イヴァン君は、魔法のかかってないティモシー・シャラメみたいな雰囲気の、どうにも憎めない人たらし。乱痴気騒ぎの日々も、突然舞い込んだ新婚生活も、本人たちが楽しそうなので輝いて見えるし、引き剥がしに来る「大人たち」に対して観ているこちらも反発心を覚えたりする。しかしいつしか、今度はそこに謎の連帯が生まれていくのがおもしろいところ。

予告で何度も見たFワード連発な、豪邸のリビングで大乱闘するシーン。これは指示を受けてイヴァンとアニーの様子を見に来た男二人が、イヴァンに逃げられ、アニーにも思いのほか噛みつかれまくってげっそり……という一幕なのですが、ここから始まる「イヴァン探し」の凸凹珍道中が面白すぎてですね。ギャング映画的でもあるし、聖職者混じりのロードムービーってことなら『ベイビー・ブローカー』とかも今ふと思い出しましたけども(IUさんがアニーかね)。

リビング大乱闘のところもそうですが、チーム凸凹の行く先では、あっちもこっちもぎゃあぎゃあうるさいカオス極まれりな言い合いが発生。でもこの会話劇、不快さよりも可笑しみのほうに針振れてるのがすごいです。あまりのカオスに、「遠くから見れば喜劇だ」になってしまうのだと思う(薄茶!)。オスカーの授賞式でもプレゼンターのタランティーノショーン・ベイカー監督が「あなたがいなければこの映画は生まれなかった」と言っている場面がありましたが、確かにタランティーノ的でもあります*1

また、アニーの攻撃性もあくまで防御であって、基本は「対話しよう」という姿勢があるところも、多くの観客の心を彼女から離さずに済んでる部分かなと思います(ふと『ナミビアの砂漠』のカナが頭をよぎったりも)。仕事だってちゃんと、一部決裂はしてるけど、上司や同僚に筋通して辞めてるのえらいよね。あの店の寄宿舎ノリみたいなのも好き。アニーが帰ってきたって!のとこ最高。

で、あと、この映画、結構最初のほうから「あれ?」とさせてくる、カメラが捉える何らかの「芽生え」的なものがまた一つの大きな魅力となっていまして。明らかにそこフォーカス合ってるんですけど!とか、明らかにそういうフレームで切り取られてるんですけど!みたいな、撮ってる側の思惑ダダ漏れですけど大丈夫ですか、なやつ。これがほんと、あさっての方向から飛んできたときめき、って感じで、映画のあのラストがなければ薄い本が量産されていたことでしょう。

その「映画のあのラスト」は、強くなってきた雪でどんどん密室になっていくのがロマンチックかつ温かみのある演出でしたね。あのシーンは本当にいろんな感情がごった混ぜになってるのだと思うのだけれど、一番感じたのは温かみでした。ちょうどこの日は東京も雪だったので、映画館出て吹雪いてたらオツだなとか思ってたのですがそれは叶わず。

箇条書きでよければまだまだ書きたいこといっぱいなのですが、まあとにかく、主演女優賞も獲ったマイキー・マディソンさんの魅力が大きい。小松菜奈さんとか見上愛さんとかその系統の雰囲気がある日本人好みのルックスだと思うし、キラキラしたエクステ混じりの黒髪は『梨泰院クラス』でスアと再会する夜のときめきが蘇ったし(ニッチか?いや、そこそこいるはず)、変態イゴールの濡れ衣(文字通り)が一層増す赤マフラーとかはスタイリストさんの仕事がお見事すぎるし、アカデミー賞壇上での落ち着きっぷり等も含めて、今後とてもとても楽しみです。とりあえずこのへんで!

*1:ちなみにこの発言、映画.comのスピーチ訳によれば「もし君がマイキー・マディソンを『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』にキャスティングしていなかったら、『ANORA アノーラ』は生まれなかった。本当にありがとう。あなたの素晴らしい仕事に感謝します。」っていう文脈だったんですね。『ワンハリ』にマイキー・マディソンさんが出てたのは知らなかった!けど見たら思い出した!