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主に映画の感想文を書いています

映画『聖なるイチジクの種』の話

ヒューマントラストシネマ渋谷にて。アカデミー賞にもノミネートされているイランの作品。四人家族のお父さんが「裁判所調査官」という出世コースのポジションに昇進したことから一家に巻き起こる渦のお話です。

政府への反抗議デモ(ヒジャブを正しく着用していなかった、ということで逮捕され謎の死を遂げた女性の事件に端を発する)で揺れるイラン。裁判所調査官の仕事は、逮捕者をどんどん死刑台へ送り込んでいくハンコ係。恨みを買う仕事なため、護身用に「銃」が支給されます。言うまでもなく、良心の呵責や重責に押しつぶされそうになっていくお父さん。

一方で、SNS世代の娘たちはインスタなんかで暴動の様子を見まくったりして、反体制的な態度と、加担する父への軽蔑を強めていく。お母さんは家長たる夫を支える立場として娘たちのしつけに日々追われ、夫と娘たちの間で板挟みになる。

そんななか、極め付けに家の中で銃が消えた。「これが上にバレたらコトだぞ」と同僚には脅され、病的なまでに疑心暗鬼に襲われるお父さん。娘たちはもちろんとして、献身的に支えてきた妻をも疑い、終盤、物語はすげー方向へジャンプ。まさかのエンタメジャンル映画として幕を下ろす。

って感じの映画です。3時間近くある長い映画なんですが、見応えありました。ときにドキュメンタリックであり、家族の物語でもあり、そして終盤の飛躍と、いっときも目を離せないつくり。わたしはかなり好きでした。

なんといってもキャストがみんないいです。特にお母さんと娘二人、この女性陣が映画のなかではとても大きな存在感を持っており、わたし的に一番好きなポイントはそこですね。なかでもお母さんナジメ役のソヘイラ・ゴレスターニさん。家父長制における「妻・母」の立場を強く厳しく保ちつつ、ときに一人の人間としての自我も垣間見え、最終的には娘たちとの連帯にまで漕ぎ着く。彼女が主役に見える瞬間も多いです。

なお、この映画、イランの政府批判をしているということでイラン国内では映画検閲にもろに引っかかっており、監督は禁錮8年、私財没収、鞭打ちの刑が2024年に言い渡されているのだとか……。招待されたカンヌへの参加どころか生死すら危ぶまれるなか、しかし監督は決死の国外逃亡をしてレッドカーペットに登場し喝采を受ける。とはいえキャストもみんな出国禁止令を受けており、スタッフも無事ではないようです。そんな背景を知ると、よりこの映画が大切に思えます。『マイスモールランド』を観たときのような感情にも近いかも。