大林宣彦監督作品「風の歌が聴きたい(1998)」雑感|いちばん“普通にいい”大林映画かもしれない
1998年公開の大林宣彦監督作品「風の歌が聴きたい」をレンタルDVDで鑑賞しました。
主演は天宮良さん、中江有里さん。そのほか、入江若葉さんはじめ大林組お馴染みの面子が脇を固めます。ちょっとこれは、いまのところダントツで「普通にいい」大林映画でした。おすすめです(よって記事タイトルも長めにしておく)。
概要
聴覚障害を持ちながらもトライアスロン選手として活躍する高島良宏・久美子さんという実在の夫婦をモデルにした物語。「現在」パートでは宮古島でのトライアスロンと函館での出産入院を、並行した「過去」パートでは二人の幼少期から出会い、結婚生活までを描いていく。会話は手話メインでおこなわれるため(かつ聴覚障害を持つ人にも隈なく楽しんでもらえるよう)全編字幕付き。俳優たちへの手話指導は実際に高島さんが担当した。
雑感
とてもいい映画でした。大林映画の話をするときはいつも『廃市(1983)』を「最もクセのない映画」と言っていますが、あれは大林ワールドの範囲内でいう無味無臭なのですよね。本作はいわゆる大林ワールド要素すら全く見当たらない、作家性を最背面に置いたドラマ映画に仕上がっています。先日観て同様の感想を抱いた『北京的西瓜(1989)』ですら不可抗力とはいえ終盤でワールドが突如炸裂しているわけですから、ここまで作家性を全編隠し通した作品はかなり珍しいでしょう。
観始めてまず驚くのは、日本語字幕がついていることです。劇場公開時にどうだったのかは分かりませんが、今回レンタルしたDVDではひとまわり小さくした映像の下に独立した字幕が表示されていました。この字幕は手話を使う登場人物だけでなく、全ての台詞に付きます。最初は違和感がありましたが、引き込まれる物語だったこともありすぐに慣れました。なおDVDに収録された監督の解説映像にも字幕は付いています。非常に興味深い内容だったのでぜひDVDでご覧いただきたいです。
つらくなるような話ではない
「聴覚障害で不幸だったことはない」とは、モデルになった高島夫妻の言葉。彼らが勝ち得た「普通」を描こう、というのが作品のコンセプトになっているため、(もちろん不便だったり壁にぶち当たったりする姿も描かれますが)観ていてつらくなるような映画ではありません。むしろ主人公ふたりの学生時代なんてすごく楽しいし、ときにキュン死しちゃうほどのラブストーリーだったりするんです。
ふたりは高校時代に文通で出会います。天宮良さん演じる昌宏は、酒とタバコで停学処分をくらうようなロックンロール系の不良高校生。中江有里さん演じる奈美子はゴーギャンとミッキーマウスが大好きな花の女子高生。まったくタイプの違うふたりが遠距離の文通を重ね、美奈子の住む函館で初めて対面するあたりなんて最高です。友達以上恋人未満な関係が何年もかけて少しずつ少しずつ近付いていく展開には、これ本当に大林映画か?ってくらいトレンディにキュンキュンしちゃいます。
最終的にふたりは結婚。夫婦としての問題にも向き合っていくのですけど、それを観て「こんな夫婦になれるなら、結婚もいいな」とわたしは思いました。それぐらい「幸せ」というものをしっかり描けている映画です。ラストでスポットの当たる看護師さんがね、またいいんですよね。そっか!なるほどね!お幸せにね!っていう。
手話のことを知れる
手話ベースで進んでいく物語なので、手話に関する気付きがとても多いです。まず最初に「へえ!」と思ったのは、手話にも方言があること。初めて北海道に来た昌宏が「緑色」の手話を読み取れない、なんてシーンがあります。監督の話によれば、当初は標準的な手話に統一して指導していたけれど手話ネイティブの人から見るとそれはひどく不自然らしい、と。そんな丁寧な言い回しはしないよ、みたいなところがあるらしい、と。それでどうしたものかと考えた末、高島さんご本人を指導役に立てて多種多様な手話スタイルを指導してもらったのだそうです。なにより今回は聴覚障害のある方々に楽しんでもらうための映画づくりですからね。
ほかに面白かったのは、美奈子のお父さん(健常者)が風邪をひいているシーンで、話そうとしたら咳込んじゃって自然と手話が出てきて、お母さんも手話読めるから「あらそうなの」……みたいなやつ、手話めっちゃ便利だな!って(笑)
結婚式のシーンもいろいろ興味深くて、特に、両手を挙げてひらひらひら〜〜〜ってするやつ、それ拍手なんだ!と。わたし的には『ミッドサマー(2019)』しか連想できないんですけど、あれも拍手だったのかしら。結婚式では長渕剛の「乾杯」が大変良かったですね。あのオルゴールを渡すとき「カン……」って曲名言いかけて飲み込んだの、教えちゃったらプロポーズ同然だからってことだったのかな。胸キュンです。
あと、アイラブユーのハンドサイン。あれって大林監督のトレードマークという印象があるんですが、それを映画に忍ばせたのか、それともこの映画を機に監督が使うようになったのか、そのあたりが気になります。
トライアスロンのことも知れる
この映画、なかなか複雑な構成になっていて。奥さんの美奈子は函館で出産のために入院している。時を同じくして旦那さんの昌宏は宮古島でトライアスロンに挑んでいる。南北に遠く離れたその二つの「現在」を少しずつ進めながら、ふたりの過去も同時に描いていく、そんな構成です(よくできてる!)。
トライアスロンのことは詳しくなかったのですが、水泳と自転車まではともかく、最後にフルマラソンって鬼ですね。完走するには「マイペース」が大事で、道のりは当然しんどいけど、不幸なんかじゃない。人生と重ねるにもうってつけの競技だと思いました。
ちなみに天宮良さんは撮影時点ではトライアスロン未経験、しかし撮影に協力してくれた人たちへの感謝の気持ちを込めて翌年には初出場で見事完走されたのだそう。Wikipediaを見ると「趣味はトライアスロン」と書いてあるので、それ以降趣味になったということなんでしょうか。
中江有里さんが可愛い
これはプッシュしておきたいポイント。中江有里さんがとっても可愛い&きれい! このバキッと美人な感じは『姉妹坂(1985)』の沢口靖子さんを思い出しました。こういうところには大林監督の作家性が隠せていない、とも言えるでしょう(笑)
「映画秘宝」2020年7月号の大林監督追悼特集に載っている中江有里さんの寄稿によれば、本作撮影時に中江さんは何名かのスタッフと喧嘩をしてしまい、冷戦状態でクランクアップまでいってしまったのだとか。試写会でようやく和解できたそうですが、そういうこともあるんですね。そしてそういうふうには全く見えないのも、役者さんってすごい。
聴能情報誌「みみだより」
公開当時、「みみだより」という情報誌に高島夫妻のコメントが掲載されていたようで、こちらの公式サイトにそのまま残っています。最終更新2005年のサイトということで、うーんこれは勝手にアーカイブしておいたほうがいいのではないか……とも思いましたが、独自ドメインも取られているし当面大丈夫だと信じて、リンクだけ貼っておきます。
と言いつつ、抜粋で一部。
「映画にはとても興味があります。でも残念ながら、私たちが観るのは洋画が多い。日本の映画はほとんど観ることができないですね。それは字幕がないからです。(中略)この映画では聴覚障害の人にも映画館で楽しんでもらえるように、字幕スーパーが挿入されるそうなので、本当に完成が楽しみですね。」
森公美子さんによる手話付きのエンディング曲まで含めて、この映画が当時ちゃんと劇場で楽しんでもらえていたら嬉しいのですが、実際のところどうだったのでしょう。今からでも多くの人に観てもらいたい超良作だったので、Blu-rayで(DVDでもいいので)再発してくれることを強く強く願っておきます。
(2020年111本目/TSUTAYA DISCAS)