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映画「サイダーのように言葉が湧き上がる(2021)」感想|不器用に溜めたその先カタルシス

アニメーション映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』を観てきました。本来は2020年5月公開予定だったとのことで、だいぶ延期になりましたね。

ちなみにこれアニメ音楽レーベル「フライングドッグ」の10周年記念作品だということを、所属アーティスト坂本真綾の大ファンなのに今回の公開タイミングまで全然知りませんでした。飛犬ことフライングドッグ10周年記念ライブ「犬フェス」だって2019年2月の開催でしたし。

知らなかったといえば、この映画で扱われているのは「俳句」。そうだったんだ! さらに、じつはタイトル『サイダーのように言葉が湧き上がる』も五七五なんです。劇中で読み上げられるまで全然気付かなかった。

とにもかくにも、夏っぽい爽やかな小品(87分、すてき!)が観たいなと思って観てまいりました。

映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」ポスター
映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」ポスター


この画が動くのは面白い!

イラストレータわたせせいぞうさん風の、少ない色数の階調にアウトラインがついたタイプの作画。これが動くのか!面白いな!というのが第一印象。主な舞台がショッピングモールなのも、ありそうでないなと新鮮でした。見慣れたモールの光景がぐりぐり動くの楽しい!

いわゆる「田舎の広大なショッピングモール」のモデルとなったのは、群馬県高崎市イオンモール高崎」だそうです。モデルというか、なるほどそのまんま。 こちらのページに紹介動画も掲載されており、劇中に登場した場所を見せてもらえます。ああ、そういえば『東のエデン』はららぽーと豊洲が舞台だったっけ。

なかなか乗れない時間が続く

しかし、掴みは良かったのですがその後がどうにもノイズだらけで乗れないまま過ぎていく時間。わからないけど、87分のうち70分くらいは「だめかもこれ」と思って観てた気がします。

あらかじめ言っておくと、(わたし的には)最後の最後で挽回してくれました。ただやっぱり「だめかもこれ」の要素が多過ぎたのでそこは先に書いておくこととしましょう。なんか最近つい苦言を書いてしまうの、よくないなと思いつつ。もっと好意的に観たいんだよ〜〜本当は〜〜。

迷惑行為

ヒロインの「スマイル」は配信系アイドル。序盤でもモール内でいきなり配信を始めるのですが、……いやあ普通に迷惑だろ。通行人の顔とか映しまくりだしそれはだめだろ。ううむ。感動したラストも、その後の炎上が心配よ。

主人公「チェリー」の友人?らしき少年「ビーバー」は、落書きと窃盗の常習犯。モール内やチェリーの住む団地のそこかしこに俳句が書いて(描いて)あって素敵だな〜と最初は思ったのですが、っておい、全部お前の落書きかよ。犯罪以外のなにものでもないだろ。ぐぬぬ

モール内で詩吟大会みたいなのやるのも、わりと迷惑じゃない? デイサービスに戻ってからやればいいのに。そりゃチェリーもあんなとこで披露したくはないと思うわ。

アニメアニメしすぎの演出

特に序盤モール内での、ビーバーを目の敵にする職員やら警備員やらの立ちすぎなキャラ。ルパンと銭形的なコミカルさを狙っているのかもですが、追っているのが単純に「公共施設内での青少年の犯罪行為」なのでなんか全てにおいて白々しい。むり。

スマイルの家族も地に足がついていなさすぎて、一体どんな世界観?!という感じなのが非常にノイズ。多分もっと膨らませたい設定がいっぱいあるんだろうなとは想像できるのですが、87分の作品にそのサブキャラたち詰め込まないほうがよかったんじゃないかなって。

オタクの描き方や「コミュ障」の描き方もなんか、もういいよ……っていう感じ。特に、アニメで描く「コミュ障(括弧付きですよ、あくまで)」ってどうしてこうなっちゃうんでしょうね。顔が真っ赤になるやつとか、細田作品くらいでもう十分。足りてます。

といった具合に「だめかもこれ」と、そもそも物語がちっとも進んでいかないテンポの悪さに辟易しておりました。が、物語への期待値墜落すれすれで想定外の急上昇。まさかの巻き返しが!

サイダーのように湧き上がる

これまでのフラストレーションは全てこのための「溜め」だったのかと思わせる、終盤せいぜい10分弱のカタルシス。主人公も映画そのものも不器用で、物語は動かないしアニメーション的にも「その『歩く』シーンちっとも前に進んでないじゃん!」みたいなもどかしさの連続。だからこその、揺られ続けたサイダーのキャップをいよいよ開けたかのようなラスト。

大貫妙子さんが歌う劇中歌、言ってしまえばキャラソン、それに乗せて繰り出される五七五。俳句というよりライム。ただただ不器用に叫ぶ。何度も何度も繰り返す。青い青い畳み掛けの先に、ど直球の赤面ワードで幕、エンドロール。

ああなんてこった、泣かされた。悔しい。けど嬉しい。これなら前向きに感想が書ける(そこ)。ぶっちゃけ大貫妙子さんの力技じゃんと思わなくもありませんが、泣いてしまったので何を言っても負け惜しみです。


宮崎駿監督作品『風立ちぬ(2013)』の『ひこうき雲』で泣かされた時と近い気持ちだな、なんて思っていたら、楽曲クレジットに林立夫さんの名前を発見。『ひこうき雲』も林立夫さんのドラムでしたね。この淡々さが泣かせの秘密なのか。

あとこのシーン、主人公とヒロインのピュアピュアなエモエモに泣かされているようでいて、じつは「過ぎ去りし日の恋物語」に泣かされているというのもニクいところです。青春は誰にでもある。こういう構造の作品、珍しくはないけれど間違いなくて弱い。ずるい。

坂本真綾裏話

マイスイート坂本真綾さんの役は主人公の「母親」。腰痛で介護の仕事を休んでいる設定。そういう役どころが自然な年齢になられたんだなとしみじみ。ところで、イシグロキョウヘイ監督のインタビューにこんな裏話がありました。

坂本真綾さんは、実はお話作りのスタッフとして呼ぶつもりだったんですよ、役者じゃなくて。劇中ラストあたりに流れる大貫妙子さんの「YAMAZAKURA」がありますよね。副案として、真綾さんが歌うことも考えていました。
大貫さんに曲を作ってもらえるとも思っていなかったし、大貫さんが歌ってくれるとも思っていなかったんです。僕の中での満点回答としては、大貫さんが作詞作曲して歌ってくれることで、結果的にそれは実現したのでよかったのですが、曲は作れるけど歌うのは難しいかもと言われたときに、僕は真綾さんを出すつもりだったんですよ。実は大貫さんが真綾さんに曲を提供していたりする繋がりもあるし、彼女は素晴らしいミュージシャン・シンガーでもありますので。

今となっては、僕としてはベストではあるんですが、真綾さんが歌うバージョンも聴いてみたいので、どこかでカバーとかやってくれないかな(笑)。お芝居についてはもう100点満点なんで言うことなしでございます!神谷浩史、坂本真綾、梅原裕一郎を起用した理由は?「サイコト」監督が明かす(アニメ!アニメ!) - Yahoo!ニュース


脳内再生は余裕だけど、聴きたい。大貫さんの声だと劇中の彼女のイメージとは年齢感がちょっと違うかなという感じはあるんですよね。まあ坂本さんでも近くはないかもしれないが。あのビジュアルはもう少しアイドル的。それこそ中島愛さんかな。あ、そうそう、本作のパンフはなんと『YAMAZAKURA』のLPジャケットそのまま! 売店で二度見しちゃいました。最高のグッズ展開。

なお大貫妙子さんが坂本さんに提供した曲はこちらです。


延期で強くなった「マスク映画」

最後にもうひとつ。この映画「マスク映画」なんですよね。元々は主人公の「ヘッドホン」に対するヒロインの「マスク」だったはずですが、公開延期となったことで「マスク映画」としての意味合いが奇しくも強くなりました。ここまでマスクしっぱなしのアニメヒロインはナウシカくらいでしょう。

強さというのは言わずもがなコロナ禍との重ね合わせですけども、この1〜2年で新生活に入った、特に中高生あたりにすごくフィットしそうだなと思っていて。同級生を目元でしか知らないとか、顔の下半分にコンプレックスがあるとか、そうならざるを得ない環境に置かれているであろう若者たちに、今ならではの特殊な響き方をするんじゃないかなと。

建設中の新国立競技場が描かれた新海誠監督作品『天気の子(2019)』、意図的ではないにせよ「マスク」が重要なアイテムとなった本作、2020年代初頭付近の香りが強いアニメ作品はこれからまだまだ出てきそうです。

(2021年120本目/劇場鑑賞)