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主に映画の感想文を書いています

「海辺の映画館」は交響曲なのかもしれない 〜何度も繰り返し観て気付いたシンプルなこと〜

東京・田端のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」にて、わたしが音声ガイド制作を担当させていただいたバリアフリー『海辺の映画館─キネマの玉手箱』の上映が始まりました。初日、落ち着かない気持ちでチュプキを訪れるとスタッフのみなさまからお祝いや労いの言葉をいただき、有難さと恐縮でへこへこしっぱなしでした。

初回上映から出てきていろいろお話していた際にも「大丈夫??なんか落ち込んだりしてない??」などと心配されましたが、大丈夫です。調子に乗っちゃいけねえ、調子に乗っちゃいけねえ、と制していただけです。落ちたくないので上がらない癖をつけているだけです。

大林恭子さんと千茱萸さんから昨年サインをいただいたパンフレットも、せっかくなので飾らせてもらっています。
大林恭子さんと千茱萸さんから昨年サインをいただいたパンフレットも、せっかくなので飾らせてもらっています。この時(詳細)のお約束を今回果たせたのではないかと思うと、万感の、不思議な気持ち。


そんでもってチュプキ代表・平塚さんからは「“さんごーさん”の感想、楽しみにしてる〜」と圧をかけられましたが、ううむ、昨年7月末の公開初日に観て、その翌々日にも観て、10月には深谷シネマさんで舞台挨拶とともに観て、Blu-rayを買って観て、今回のガイド制作作業にあたり数えきれないほど観て、そしてあらためて「音声ガイド付き」としてチュプキで観て。感想記事にしても3本以上*1書いている『海辺の映画館』。さてこのタイミングでは何を書きましょうか。

しばらく考えていたんですけど、今回はあるひとつの目線から書いてみることにします。

これは「交響曲」なのかもしれない

『海辺の映画館─キネマの玉手箱』。この映画を、初見から「すごくいい映画だった!感動した!」と絶賛できる強者はなかなかいないのではないかと思います。それよりもまずは圧倒されたとか、よく分からんけどすごかったとか、そのあたりが大多数でしょう。

わたしもガイド制作作業を始めるまでは「過去の大林映画と比べてもトップクラスにぶっ飛んだ作品」くらいの認識でいました。力技で強引に感動させられるんだと思っていました。でも作業を進めるにつれ、何度も何度も繰り返し観ていくにつれ、信じられないほどの精度で組み上げられた緻密な作品であるという認識に変わりました。

そして、とてもシンプルなことに気付きました。ちょっと陳腐な表現に聞こえてしまうかもしれないけど、この映画は言わば「交響曲」なのだと。「映画」というよりむしろ「音楽」として味わうことで一気に受け入れやすくなるのではないかと。

文字通りの音楽的要素でいうと、オープニングクレジットの華やかな「序曲」から始まるこの映画はその直後に「憲兵と進軍ラッパ」の「不吉な予感」を差し込み、いくつものパート=楽章に分かれていきます。それぞれの楽章には主題が設けられていて、例えば幕末では『いろはに こんぺいとう』、太平洋戦争末期の満州では『故郷』『蘇州夜曲』、色街では『唄を忘れたカナリヤ』沖縄戦では『白浜節』『陣中ひげくらべ』といった具合です。

各主題は楽章を超えて何度も登場し、変奏されていきます。特にわたしが好きなのは『故郷』や『唄を忘れたカナリヤ』の、ハモニカ独奏に劇伴が寄り添ってくる演出。これはそれこそ第一作『HOUSE/ハウス(1977)』から使われているスタイルで、『時をかける少女(1983)』中盤の温室シーンなども思い起こさせるものです。ミュージカル的とも言えますが、作品の「外側」の要素であるはずの劇伴が「内側」の出来事に一線踏み越えてくる、ミュージカルとは少し違う「映画と現実がごっちゃ」の印象を受けます。

音楽・山下康介さんによる劇伴の寄り添わせ方はとにかく絶品で、朴訥としたハモニカに敢えて複雑な和声を被せることによるシリアスさの表現だったり、ひときわ劇的な音楽が使用される原爆投下の瞬間に「知っている 私は知っている 私はそれを──」が奇跡的な合流をしてきたり(同じフレーズが全く違う聴こえ方をする…!)、観れば観るほど総合芸術としてのクオリティが凄まじいです。

その他にもいわゆるライトモチーフとして「セーラー服の少女」を連想させるショパン『別れの曲』が『さびしんぼう(1985)』から引用されたり、太平洋戦争前夜を描いた前作『花筐/HANAGATAMI(2017)』で用いられていたバッハの無伴奏チェロ組曲第一番』が進軍ラッパとも通じる「不吉な予感」のモチーフとして挿入されるなど、作品を超えた「大林映画文脈」での引用もおもしろいところです。

この映画を目まぐるしくさせているフラッシュバックの数々は映画としては奇抜かもしれませんが、クラシック音楽的なものとして見れば比較的よくある構造ではないでしょうか。いくつもの主題やライトモチーフが提示され、いくつもの楽章に分かれ、特徴的なフレーズが様々なところで様々に姿を変えて再登場する。「ひとつ、ふたつ、みっつ、『ドン』」「おしまいだね、今夜で」。フィナーレではこれまでの全てが渾然一体となって絡み合います。

音楽への造詣が非常に深かった大林監督。映画を作っていると見せかけて、実は毎回オーケストラのスコアを書いていたのかもしれません。特に『海辺の映画館』は人生の集大成として全てを注ぎ込んだ渾身の交響曲。そう捉えてみると、あの目まぐるしい3時間がまた違ったものとして受け取れそうです。何度も何度も繰り返し観ていくうちにそんな案外シンプルなところに辿り着いた、という話でした。


バリアフリー版は8/15(日)まで上映中!

というわけで、ユニバーサルシアター『シネマ・チュプキ・タバタ』での『海辺の映画館─キネマの玉手箱』バリアフリー上映は残り10日間、8/15(日)までとなっております。毎日15:10からの上映です(水曜定休)。

音声ガイドと日本語字幕でオリジナル版よりもいくぶんか脳内が整理されるのでは……と予想していますが、せっかくの「交響曲」を壊してしまうおそれも孕んでおり。まだ他の方の感想を伺っていないのでとても心配です(笑) 初見の方はもちろん、2回目以降の方もぜひバリアフリー版、お試しくださいませ。

シネマ・チュプキ・タバタ
● JR山手線・京浜東北線 田端駅北口を出て、右方向徒歩5分
● 田端駅北口有人改札にて地図を配布しています
※階段とスロープが並行しています。下りきったところで右折し、 車道の下をくぐって信号のある横断歩道を渡ってください。 「絵でわかるイラスト地図」「言葉による道案内」がこちらに掲載されています。

とても小さな映画館ですので、下記の予約サイトより事前予約(支払いは現地)をおすすめいたします。 音声ガイドを聴くためのイヤホンは貸し出しもありますが、ミニジャックのものであればお持ちのイヤホンがご利用いただけます。