映画「ファーストラヴ(2021)」感想|#MeToo運動に通じる要素も。丁寧な意外性が続く心理サスペンス
島本理生さんの同名小説を原作とした映画『ファーストラヴ』を劇場鑑賞しました。監督は堤幸彦、出演は北川景子、中村倫也、芳根京子ほか。
あまり注目していない作品だったのですが、先週『哀愁しんでれら(2021)』で土屋太鳳さんを観たんだから今週は芳根京子さんを観なきゃだめでしょ、っていう自分なりのバランス感覚が発動。なんとなく、土屋太鳳さんと芳根京子さんはセットなんです。はい。
ちなみにこの二人による憑依しまくりな傑作『累-かさね-(2018)』が最近Prime会員特典に入りましたのでぜひどうぞ。
そんなわけで特別期待するわけでもなく観た本作。でもこれがすごくよくて。コロナ禍で海外の新作が減っていることから日本映画の新作を普段より多く観ているここ最近ですが、日本映画もちゃんと観ないといけないなと反省しました。素晴らしい作品がいっぱいあるぞと、キャッチーな予告に辟易して終わっちゃいけないんだと、つくづく思いました。
今月に入ってからでも、『花束みたいな恋をした(2021)』『哀愁しんでれら』それに本作、加えて未見の話題作『すばらしき世界(2021)』もあって、甲乙付け難いラインナップです。洋画が滞っていることにむしろ感謝するべきかもしれません。
さて、では感想へ。あらすじに続いて若干のネタバレは交えますのでご注意ください。
あらすじ
父親殺し容疑で女子大生の聖山環菜(芳根京子)が逮捕された。取り調べに対し彼女は犯行を認めるも、「動機はそちらで見つけてください」と不可解な供述をしているという。
彼女に何かピンとくるものを感じた公認心理師の真壁由紀(北川景子)は担当弁護士の庵野迦葉(中村倫也)と共に事件の真相を探り始める。しかし環菜の成育環境を調べていくうちに、由紀自身も過去の記憶と対峙することになるのだった。
丁寧に描かれる意外性
美大らしき敷地の空撮が少しずつ降りてきてふわっと着地、そのままタイル状の窓ガラスに近づいていき、くぐり抜けた先には死体。ドローンを手でキャッチして繋げたというこのカットは、開始数十秒にして「意外なオープニング」の印象を与えます。
続けて、血だらけのリクルートスーツで包丁を持ったまま虚ろに歩く主人公・環菜が映し出され、父親殺しの女子大生というセンセーショナルな話題で巷は持ちきりに。事件を調査することにした心理師の由紀は環菜の弁護士を紹介されるも、その名前を見て硬直。何やら少なからぬ因縁があるようです。
こういったお話における男女の因縁は往々にして文字通り男女の因縁。まあ元カレなんだろうなと思いながら見ていると、気まずいムードの漂う事務所で弁護士・庵野は「お久しぶりですね、お姉さん」と第一声。お姉さん…?! 予想外のところでこんがらがってきました。
ところで予告などから察するにサイコパスな芳根京子が見れそうなこの映画、じつは違います。というのを事前にチラ見したレビューで知ってしまい、憑依しきった怪演を見たい芳根京子ファンとしてはそうなのかとややがっかり。
観てみると確かにこれは「芳根京子がサイコパスな話」ではなくむしろ「芳根京子がサイコパスではないことを証明していく話」だったのですが、その代わりといいますか、北川景子さん演じるもうひとりのヒロイン由紀の描き込み、振り幅の広さがじつは見どころなのでした。
冒頭のやたら血だらけな環菜にうっすら感じていた違和感、元カレかと思ったら「お姉さん」と呼んでくる庵野、棒読みに思えるくらい平静を装う由紀、様々な小さい引っ掛かりをそれぞれ少し意外なかたちで回収していく脚本は、地味でこそあるものの非常に丁寧なつくり。そういった部分で、最初に書いたように日本映画の細やかさにあらためて感動させられることとなります。
なお島本理生さんの原作小説を試し読みしてみたところ映画では設定がだいぶ変わっているようです。脚本家・浅野妙子さんによる脚色がわたしの好みによく合っていたのかもしれません。
映画版で好きなシーンは、たとえば写真館を営む由紀の夫(窪塚洋介)にまつわるエピソード。由紀は彼に対して「私ばかり好きな仕事しててごめん」と後ろめたさを口にする。なるほど確かに彼には報道写真家として海外で活躍した過去もあるらしい。しかし映画終盤、彼の写真展に小さく展示された「私の原点」という一枚。そして回想。そこから浮かび上がるのは、つまり彼は写真館の主人として、「心から好きな仕事」をしていたのだ──。
または同じ写真展のシーンにおいて、庵野が由紀に打ち明ける気持ち。少し前に彼女が夫から聞かされていた庵野の言葉が意味していたところ。ていうかまあぶっちゃけ「家族になれてよかった」の深み、温かみ。最後の最後までこういう小さな感動が丁寧に配置されているのが、ああ本当にいい映画だなと思いました。
真実を言えないということ
芳根京子さん演じる容疑者・環菜は、それを言えば状況がひっくり返るような経験をしているにも関わらず、なかなか口を開こうとしません。この映画は「本当のことを言わない」のではなく「言えない」人たちの物語でもあります。
観ながら連想したのは「#MeToo」運動のことでした。大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが長年にわたり多くの女性たちに性的暴行・嫌がらせをしてきたことへの告発=ワインスタイン報道に端を発する運動ですが、その第一報に至る道のりは易しいものではありませんでした。
過去の経験から心身にトラウマを負った被害者女性たちは、同性のジャーナリストが慎重に歩み寄ろうとしてもなかなか口を開いてくれません。貴女の発言で事態を大きくひっくり返すことができると言われても、強大な権力に恐れを抱いてしまいます。
本作には児童買春や性的虐待など顔をしかめたくなるような性犯罪描写が多数出てきます。環菜が二転三転不可解なことを言い続ける背景にはそういったトラウマがあり、またそれはじつのところ由紀も同様でした。
これは、ワインスタイン報道に尽力したジャーナリストたちの手記です。この中で、ワインスタインの秘蔵っ子である女優グウィネス・パルトローは自身も被害者であるにも関わらず、報道にあたって自分の名前が出ることを拒み続けます。となれば無力な女子大生が口を閉ざしたのも当然でしょう。
環菜は刑こそ免れられなかったものの、閉ざした口を開く決意をし、獄中で初めて晴れやかな笑顔を見せます。彼女の手記という希望を見せて、映画は幕をおろします。
ちなみにこの『その名を暴け─#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い─』という本。#MeToo運動ってなんかモヤッとするんだけど、と思ったことのある特に男性の方にもおすすめです。わたしがまさに、そういう男性だったので。のちの過激な広まりはまた別としても、発端のワインスタイン報道についてはよく理解できると思います。
映画の感想ってすらすら書けるときと3〜4日かかるときと両極端で、今回は後者。日曜に観て金曜にようやくアップです。まだまだ書き足りないことだらけなのですが、簡単に言うと、翌日に観るつもりだった『すばらしき世界』を一週間先送りにする程度には良かったです。
(2021年33本目/劇場鑑賞)
あと、がっかりなんて書いてしまいましたが芳根京子さんは文句なしに素晴らしかったです。