映画『Arc アーク』を観ました。
芳根京子さん主演で石川慶監督作品、おまけにまさかのSF。そんなの期待しないわけにいかないじゃないですかってことでかなり楽しみにしておりました。
芳根京子さんはわたしが朝ドラ『べっぴんさん』から推してやまないお方。そして石川慶監督は泣く子も黙る『愚行録(2017)』『蜜蜂と遠雷(2019)』という絶対的信頼のフィルモグラフィをお持ちの方です。これはもう「間違いない」わけです。
あらすじは公式サイトから引用しておきましょう。
舞台はそう遠くない未来。
17歳で人生に自由を求め、生まれたばかりの息子と別れて放浪生活を送っていたリナ(芳根京子)は、19歳で師となるエマ(寺島しのぶ)と出会い、彼女の下で<ボディワークス>を作るという仕事に就く。
それは最愛の存在を亡くした人々のために、遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術(プラスティネーション)する仕事であった。エマの弟・天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。
リナはその施術を受けた世界初の女性となり、30歳の身体のまま永遠の人生を生きていくことになるが・・・。
(映画『Arc アーク』オフィシャルサイト|2021.06.25 FRI)
思いっきりSFですね。ケン・リュウさんによるSF小説『円弧(アーク)』を原作としているそうなんですが、ケン・リュウさんというお名前、文学疎いけど聞き覚えあるな、あれ、もしかして……と記憶のストリングスを辿ったら(プラスティネーション的表現)、思い出しました。是枝裕和監督の『真実(2019)』を。
カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュを主演に据えた、とっても素晴らしいこの作品。ややネタバレとなるかもですが、本編とはまるで違うテイストでSFの劇中劇が出てきます。その部分の原作がそう、ケン・リュウさんだったのでした。『母の記憶に』というまた別の作品ですが、不老不死系SFである点は非常に近いです。
じつは是枝作品を連想する部分はここだけではなくて、劇中で何回か「インタビュー映像」的な、非常にドキュメンタリータッチな部分が登場するのですけど、そこなどは『ワンダフルライフ(1999)』にかなり近いと思います。
『真実』もかなりおすすめですが、もし『Arc』がお気に召した方は未見でしたら是枝監督の『ワンダフルライフ』もぜひ。死んだ人が成仏する前に経由する福祉施設、みたいな不思議SFです。わたしはとても好きです。
さてまあそんなわけでとにかくSF。一体どんなもんじゃろうかと、絶対的信頼の石川監督とはいえ一抹の不安も感じないではない塩梅の期待度で鑑賞してまいりました。
先にネタバレしないレベルの感想をツイート的文字数で書いておきますと、こうです。序盤では「あれ、これ、もしかして、ハズレかも」と思ったのだけど、…否、否、すごかった、これはすごい映画だ……。余韻が大変だ……。
エンドロール中、客席の空気感は最近観たばかりの『ファーザー(2020)』とよく似ていました。あちらは認知症を描いた映画ですけども、自分ごととして何か大きな「あなたならどうする?」を投げかけられたような感覚は同じと言ってもいいぐらいだと思います。
と、いう感じの映画ですのでぜひご興味ある方もない方もご覧になってみてください。以下は観た方向けのネタバレ感想です。
ネタバレ感想
ハズレかも?と思った序盤
まずは冒頭のダンスシーン。かのグロッキーな映画『CLIMAX クライマックス(2018)』を連想させるような小屋での前衛ダンスは「なんなの」感が強くてですね。ああこれは、もしかするとだめかもと嫌な予感がしました。
続けて前半「ボディワークス」のパート。予告編で最もよく見た部分ですね。「プラスティネーション」のストリングス芸、ぎゅっ、ぎゅっ、ていう。こちらもなんか、面白くはあるけど、どんな気持ちで見たらいいか分からないっていうか、日本人の顔でこういうSFは、ううん、やっぱり無理があるかなあ。アニメだったらなあ。なんてやや薄目で見てたところがありました。
芳根京子さんの、いまいちフィットしてない気がするウィッグもなんだかなあでしたし、正直なことを言えばとにかく前半は全てがなんだかなあでした。
希望が見えた中盤
ずばり、芳根京子さん脱ウィッグ! これは吉報です。いつの間にかトップになってた「リナ」のルックスが今度は一転なにもかも至高で、これだよこれだよ、オードリー・ヘプバーン的な往年の女優感が芳根京子さまの魅力なのだよと俄然高まるわけです。
さらにここからパンデミックSF的要素が加わってきて、つまり不老不死の薬ができたと。でも国民全体へ行き渡るにはどうしても時間差ができる。加えて「不老不死」に対する賛否も分かれる。国民が大きく二分される。2021年6月現在であれば新型コロナウイルスとそのワクチン問題が言わずもがな頭をよぎります。
制作は当然もっと前からでしょうから、この「自分ごと」感は当初監督が想定していたものではないでしょう。そこがまたよい。やっぱりこういう現実との生々しいリンクを体験してしまうと、少なくともハズレとは言えません。
ついでにぶっちゃけ苦手だった「エマ」が早々と退場してくれたことによる安堵(寺島しのぶさんごめんなさい)や、っていうかそれだけじゃなく、あれっ意外とこの映画どんどん主要キャラ退場するぞ??なワクワク感(『愚行録』の臼田あさ美さんを思い出した)など、鑑賞中に期待値がどんどんV字回復していきまして、後半パートでは完全に期待値ラインを飛び越えることになります。
見入るしかない後半
なんといってもまず「白黒」ですよね。2021年にこんながっつり白黒の新作映画を観ることになるとは。白黒新作といえば『ROMA/ローマ(2018)』、もちろん連想しましたが、パンフによれば監督も発想の元には『ROMA』があったそうです。白黒のコントラストも展開に沿って変えているように見えたので、もう一度注視してみたいです。
この頃には芳根京子さん89歳。うわ、89歳でまだ働いてるんだ、ってところで不老不死が早速いやになってしまいましたが(笑) ちなみに今回の「17歳から100歳以上を生き抜く」という役どころ、『べっぴんさん』で60歳ぐらいまで演じてみせた当時19歳の芳根京子さんを観ていた身としてはあまり心配していませんでした。
さておき、「天音の庭」のパートはそのサイエンス・フィクション感がとてもよくて。すっかり不老不死が当たり前になった世界であえて老化することを選んだ人たち、老化せざるを得なかった人たち。これラストでも「うわーー」って思ったところで、終わりがあるから命は尊いなんて、昔はそうだったとか言われても信じられないよ! 想像もできないよ!っていう新世代の素直な反応。
最近よしながふみさんの『大奥』を遅まきながら読み始めたのですけど、パンデミックSF転じてピュアなサイエンス・フィクションになる感じ、つまり『大奥』でいえば流行病で男が死にまくって女性中心の社会になって、最初は両者とも抵抗があるんだけど数世代進むともう「そういうもの」として誰も疑問を抱かない「自然」な状況になっている描写。あの感じとすごく似ていて、いやあ、おもしろかったですね。
素人臭いおばあちゃんたちのインタビュー映像でさらりと「250年ローン」とかいうワードが出てくるあたりもたまらなく好きだったし、小林薫さん演じる「利仁(りひと)」の、見た目は高齢者なんだけど名前が妙に若い感じとか、細かいところがいちいちよかった。あとあれ、一度だけ「ハル」ちゃんを病院に連れて行くシーンの、映像にそぐわない「コテコテにSF」な効果音の付け方なんかもシビれました。
ここまで後半が素晴らしいと逆に前半の「ううん…??」な感じはなんだったのと思うほどですが、好意的に考えるならば前半の「違和感」があってこその後半の「自然」なのかもしれません。
あなたなら、どうする?
パンフで石川監督が即答しておられて「おお」と思いましたが(笑) わたしなら、うーん、今はいくらでも時間と可能性が欲しいので、不老化処置、受けたいです。でもあとで絶望したときの絶望度が、老化できるときの比じゃないかもしれませんね。そりゃ自殺も増えるわなあ(劇中のお話)。
以上、『Arc アーク』とってもおすすめです! ぜひ劇場でどうぞ!
(2021年98本目/劇場鑑賞)
原作小説はこちらに収録されているそうです。なお本作、ケン・リュウさんはエグゼクティブ・プロデューサーとしてしっかり制作に関わられているようで、原作者お墨付きの映画化ということになるみたいですね。