韓国映画「悪女/AKUJO(2017)」雑感|前半アクション、後半メロドラマという不思議な作品
パク・チャヌク監督の『渇き(2009)』にて先日わたしのハートをぶち抜いてくれたキム・オクビンさん。彼女が主演する、ずばり『悪女/AKUJO』という映画があるらしいぞってことですかさず観ました。が、結論としてはあんまりピンとこず。まあそういうもんでしょう。
この作品なかなか不思議な作りになっておりまして、まず最初はバッキバキのアクション映画としてスタート。と思いきや後半、いきなり王道の韓国ドラマ的ラブストーリーへと変貌するのであります。
キム・オクビンさん演じるヒロインは、過去にいろいろあって復讐のために生きているような人物です。映画前半、彼女はなにやら殺人マシーン養成所みたいなところに入れられて、殺し屋としての訓練を受けています。卒業試験に合格し出所すると今度はやたらと静かで平和な生活を送ることが許されるのですが、その日々のなかで彼女は団地のお隣さんと恋に落ちてしまう。こんな私が幸せな人生を歩んでいいのだろうか……と過去のあれこれが彼女を悩ませるも、彼女は幸せになる決意をします。そう、結婚です。めでたしめでたし。しかし! なんと恋のお相手は、組織が「平和な生活」の一部として手配した偽物だったのだ〜〜という話、すみません一気にストーリーを書いてしまいました。なお「なんと偽物!」のくだりは大したネタバレではないので大丈夫です。
極端にテイストが変わること自体は結構おもしろいと思うのです。高い身体能力を持つキム・オクビンさんがほぼスタントなしで撮影したというアクションシーンの数々は気合い入ってますし、メロドラマな部分も「しょせん殺し屋は平穏な暮らしなど送れないのだ」という、いまパッと思い浮かんだところだと『レオン(1994)』的な切なさがあったりして、悪くないんです。じゃあ何がピンとこなかったか、それは「導入部」なんですね。
冒頭、雑居ビル全体を使ったド派手なアクションシーンから始まるのですが、この場面、どういうわけか一人称視点のシューティングゲーム(FPSっていうやつでしょうか)風に演出されておりまして、暴力の極みではあるんですけど全体的にCGっぽいっていうか、リアリティはあまりないんですよ。また時々三人称視点で「プレイヤー」が見えているのですが、女性ではあるもののキム・オクビンさんではない。
当然、思うわけです。「ああ、これは主人公がプレイしているゲーム画面なのだな」と。でも、それにしてはやたらと長い。いつまでも続く。オチがない。むむむ? そこで驚きの事実、なんとこれはゲームではなく現実だった。えっ、どういうこと。結局このバトルシーンがなぜ「明らかにゲーム風」に演出されていたのか、その理由がわからんのです。わからんまま進んでいき、わからんまま終わる。そこがどうにも釈然としませんで、というか単純にノイズになっちゃいまして、「なんだったんだろうこの映画」てな感想しか出てこなかったのでした*1。
ちなみに「キム・オクビンさんではない」ビジュアルで登場してきた主人公は、美容整形でキム・オクビンさんの顔になります。どうなのそれ。もっと言うと「子供」の使い方とかもどうなのそれ。等々「なぜゲーム風」問題以外にもちょっとノイズが多かったです。作品のポジション的には『The Witch/魔女(2018)』と非常に近いものを感じましたがあちらのほうがバランスはいいかなと思います*2。
(2020年188本目/U-NEXT)