ポン・ジュノ監督作品「殺人の追憶(2003)」雑感
最新作『パラサイト 半地下の家族』が公開中、ポン・ジュノ監督の出世作とされる『殺人の追憶』を観ました。
概要
1986年から1991年にかけて韓国の農村地帯で発生した連続猟奇殺人事件(華城連続殺人事件)をベースとした作品。手がかりを掴みつつも真犯人に到達できず振り回され続ける地元警察の刑事たちを悲哀たっぷりに描く。
迷宮入りした事件のため劇中でも未解決のまま幕を閉じるのだが、なんと2019年に犯人が特定された。ただし既に時効が成立しており、罪には問えないという。
雑感
この映画および事件を知ったのは、犯人が特定された2019年9月19日のことでした。愛聴しているTBSラジオ「アトロク」こと「アフター6ジャンクション」の冒頭トークにて、『殺人の追憶』の犯人が特定された、という話を宇多丸さんが興奮気味にしていたのです(同日放送回、ラジオクラウドで聴けます。翌日のOPでも話題にしてます)。
なんだか妙に印象に残りつつも観れていなかった本作ですが、『パラサイト〜』を観てしまった今、ポン・ジュノ×ソン・ガンホな、しかも代表作とされるものを観ないわけには。即座に観ました。
正直、そこまでかな?と思いながら観ていた時間が長かったです。田舎の警察で、ずさんな捜査が延々続けられるのをただ見ているという。行いも絵面も汚い。韓国映画って数えられるほどしか観てないですけど、日本人からすると生理的に受けつけないタイプの汚さを庶民的な描写として出してくるような気がします。そういうところがちょっとノイズになるなということは、『パラサイト〜』でもありました。
後半で意外な方向に手がかりが見つかってからは一気に物語が加速してこちらとしても身を乗り出すわけですが、当然カタルシスを得られることなく捜査は迷宮入りします。しかしここからラストへの追い上げがすごい。
この映画のラストが「顔のアップ」であるということは知っていました。街に潜んだ(ベースとなった実在事件の)真犯人が、どこかの映画館で主人公の刑事と「目が合う」ように意図して撮られたというカットです。そこまで知ってしまっていると衝撃は少ないのではと思っていたものの、どっこい、そのラストカットへ至るまでの流れが、ちょっとした会話のやり取りが、すごい。一気に頭が真っ白になって、そして主人公の視線が、まるで『攻殻機動隊』で電脳をハックされたように自分の中に入り込んできて……ブラックアウト、エンドロール。
これはすごい。
仮に99%凡作だと思っていたとしても最後の1%で大傑作にひっくり返るタイプの映画でした。ちなみにこれ『パラサイト〜』時の「アトロク」での監督インタビューによると、特定された真犯人は刑務所の中で本作を3回は観ていたという証言があるそうです。思惑通り、監督とソン・ガンホの視線が犯人に届いていたというわけ。さらにすごい。
人間ドラマっぽいタイトルから想像していた以上にシリアルキラーとその犯行内容についての生々しい描写が多く、タッチとしてはデヴィッド・フィンチャー監督作、特にNetflixドラマ『マインドハンター』と近いものを感じました。同ドラマではシーズン2で「アトランタ児童連続殺人事件」が扱われるのですが、手がかりは掴めているのに真犯人へ辿り着けないまま被害者だけが次々と増えていく歯がゆさが本作の事件とよく似ています。また本作では昔ながらの捜査方法と「FBI的」なプロファイリングによる捜査方法の対立も描かれているのでより近いです。
『マインドハンター』やその原作本でシリアルキラーの犯行動機やその手法、シグネチャーと呼ばれる独自のこだわり(本事件の場合、隠部に何かを詰める等)についても知ってしまったところだったので、犯罪者の性というのは悲しいかな国境を越えるんだなとも。先日観たばかりの『テッド・バンディ(2019)』も連想しました。
他にフィンチャー作品ではやはり未解決シリアルキラー事件の『ゾディアック(2007)』がありますが、その劇中では同じく「ゾディアック事件」をモチーフにした(かつ、まだ数年と経っていない頃に制作された)クリント・イーストウッド主演作『ダーティハリー(1971)』が当時の映画館で上映されているシーンがあります。犯人が観ているかも、という緊張感は『殺人の追憶』と「華城連続殺人事件」の関係性に通じますね。
などなど『パラサイト〜』同様、鑑賞後にいろいろ考えるのがまた興味深い作品でございました。
(2020年5本目/PrimeVideo)
- 発売日: 2014/06/27
- メディア: Blu-ray