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映画「哭声/コクソン(2016)」雑感|怪演・國村隼。韓国で大ヒットしたオカルトホラー

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ナ・ホンジン監督の哭声/コクソンを観ました。「裸の國村隼が四つん這いで迫ってくる韓国映画」とかいう偏りまくった情報だけ知っている作品だったのですが、やっと全貌が明らかに。またひとつお気に入りのトラウマ映画が増えました。

本作、トータルの印象としては「オカルトホラー 聖書風味」といったところでしょうか。いやな感じですね。おまけに裸の國村隼ときたら、明らかに近寄りたくない存在です。しかし韓国では2016年、そんなこの作品が700万人動員の大ヒットとなったそう。一体どんな映画なのか。あれこれ書いてゆきます。

あらすじ

犯罪とは縁遠いのどかな田舎町コクソンで、無残な連続殺人事件が発生。犯人に関する憶測が飛び交うなか、山中に暮らす日本人を怪しむ声が大きくなる。

町の警察官ジョングは、妻と娘を愛するごくありふれた中年男。不慣れな犯罪捜査に取り組む彼をもまた不幸が襲う。娘が悪霊のようなものに取り憑かれてしまったのである。それはジョングが捜査のため“日本人”と会ってすぐのことだった。

どう転ぶか分からない、終わりの見えないトラウマ映画

これは本当に様々な顔を持つ映画で、156分の長尺にしてとにかく落ち着いてくれません。まず冒頭、意味ありげに聖書の一節が引用されて「よし、そういう映画ね」と背筋を伸ばすも、いざ始まってみたら中年お巡りさんと愛娘の微笑ましいエピソードなんかが聖書ネタのかけらもなくホームコメディタッチで描かれ、一旦とけてしまう緊張。

しかし急転、のどかな空気にそぐわない血みどろ一家殺害事件が立て続けに発生。それはさながら『鬼滅の刃』第一話、炭治郎の過去を思わせる凄惨さ。そして一向に犯人が捕まらずヒリつく村で「絶対“鬼”はあいつだ」と噂されていたのが、山中に暮らす日本人の男(そう、國村隼さん)。彼の家からは禍々しい呪術の道具や被害者の写真などが発見され、村人たちの疑惑は確信に変わっていく。

そんなわけでコメディのち猟奇サスペンスとして観ていると、今度はお巡りさんの愛娘が悪霊に取り憑かれオカルトホラーの形相に。医者にも見放されて万策尽きた家族は大枚をはたいて祈祷師に望みをかけるのだが、この祈祷がまたなんともシュールな仰々しさで、吹き出してしまいそうに可笑しい。神頼みも虚しく依然快方に向かわない娘と、じりじり狂気をはらんでいく父親。あの日本人、ぶっ殺してやる。鼻息荒く山へ入るとゾンビが襲ってきて──

といった具合にジャンルを飛び移り延々と転げ落ちていく、一筋縄ではいかない映画です。さらに、この物語は謎を深めたまま終わります。そういうことか!!と思ったら、そういうことじゃなかった。解決するのかと思ったら、到底解決しそうになかった。とっ散らかったまま、フェードアウト。この後味がお好きかどうか、というところでしょう。

キリスト教の国ならではのヒット映画?

冒頭で引用される聖書の一節は、キリストが処刑の三日三晩のちに復活してくる場面。これは終盤に國村隼さんの台詞として再登場し、返して見せた掌に大穴が空いているなんていうニクい演出もあるのですが、聖書に馴染みのある人でないと穴に気付かないどころか、そもそも冒頭の一節が「キリストの復活」に関するものであることにも気付かないかもしれません。

また、主人公が“試されている”際に言われる「ニワトリが3回鳴いたら」みたいな台詞も同じく聖書の有名なエピソードですが、これも日本の観客だとピンとこない人はおそらく多いでしょう。なおわたしはクリスチャン的環境で育ったため幼少期の記憶として聖書の内容は結構刷り込まれており、うわ懐かし、と一気に思い出したのでした。

とはいえ「聖書ネタ」が分かったとて物語が特別明瞭になるわけではないのが本作のいじわるなところですが、「大前提」的なものが通じるかどうかは大きな違いになるはずで、このだいぶ振り切った奇妙な映画を700万の人が楽しめる土壌というのは、韓国がキリスト教の国だから(キリスト教徒の比率が国民の1%ほどでしかない日本に対し、韓国は3割以上だとか)なのかなと思います。

キャラクターとキャスト

主人公の警察官ジョングを演じるのは、韓国映画界が誇るおっさんラインナップからクァク・ドウォンさん。最初はただの情けないおっさんだったのがだんだんシリアスになっていく様は、『タクシー運転手 約束は海を越えて(2017)』におけるソン・ガンホを思わせます。愛娘に靴、といったキーワードも共通。

彼の愛娘ヒョジンはとにかくいい子で、父親たじたじな理想の娘。しかし魅力的なのはいいのですが、ちょっとスポットが当たりすぎている。これは絶対、彼女に何かが起きる……。悪寒は的中。取り憑かれて以降の彼女は劇中最も恐ろしいキャラクターと言えるでしょう。悪魔が憑依したような目つき、異様な毒舌と絶叫。いわばチャッキー的な可愛さと怖さのギャップ。子役のキム・ファニさん、とんでもない逸材です。

本作のサンドバッグたる日本人、その名も「山の中の男」を演じているのは我らが國村隼さん。決して脇役ではありません。なにせこの映画は國村さんから始まるのです。ただし普通に観ていくと、日本人として気まずくなってくることは必至。なぜって明らかな「嫌日」描写に見えるから。こんな役を本物の日本人である國村さんにやらせるなんて……。少しでもそう思ったら、見事この映画の罠にかかっております。見方がぐるりとひっくり返る、超重要な役どころ。

後半で登場する祈祷師のイルグァンは、一見チョイ役のように見えますがじつはファン・ジョンミンなのでそんなわけないです(観てるときは全然気付かなかった。言われてみればファン・ジョンミンさんの顔でした。入り込みがすごい)。彼はなかなか物語を混乱させてくれるのですが、でも妙にいい人オーラがあって憎めない。庭での長〜〜い祈祷シーンが一番の見どころでしょうね。

混乱させるといえば、チョン・ウヒさん演じる「白い服の女」もどえらい厄介な存在で、彼女さえいなければもう少しお話スッキリするだろうに!と思いつつ、しかしどうやら彼女ものすごい存在なようですから、彼女の不在を願うということはつまり……。いや、でも彼女の描き込みはもうちょっとあってもよかったと思うな。

なお本作でわたしが最も推していたのは主人公の奥さんです。チャン・ソヨンさん。『愛の不時着』を観た方なら絶対ああっ!となる、北朝鮮の村の、いちばん素朴な奥さん。耳野郎の奥さん。あの人大好きだったんで、こんなにたっぷり見せてもらえるんか!と嬉しかったですし、悲しくもなりました(ネタバレ)。

さて以上、この感想記事を書くのに3日くらいかけてしまうという、なかなか魅力を言語化しにくいタイプの映画だったのですが、例えばアリ・アスター監督の『ヘレディタリー/継承(2018)』とかああいう感じのオカルト系ホラーがお好きな方は結構おいしくいただけるんじゃないかと思います。わたしはとても好きです。おすすめです。ぜひ。

(2020年204本目/PrimeVideo)

哭声/コクソン (字幕版)

哭声/コクソン (字幕版)

  • メディア: Prime Video
解説は町山さんの有料ポッドキャストがすごくわかりやすいです。