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主に映画の感想文を書いています

映画「私の少女(2014)」感想|ぺ・ドゥナ主演、イ・チャンドン監督プロデュースのシリアスな作品

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子猫をお願い(2001)』に引き続き、ぺ・ドゥナさん主演の韓国映画『私の少女』を観ました。ユリイカ韓国映画の最前線」特集号で監督のインタビューが組まれていたことから知った作品です。

ぺ・ドゥナさんのフィルモグラフィー的なところは『子猫をお願い』のほうに書いたので省略。2014年当時ハリウッドデビューも果たしていた彼女ですが、本作への出演でやっぱり韓国映画っていいなと思ったそうです。

さて、本作のぺ・ドゥナが演じるのは警察官。いわゆる若者じゃない役を見るのは初めて。ソウルで働いていた彼女はとある事情で田舎の派出所へ左遷され、所長として赴任します。のどかに思われた小さな村、しかし何やら児童虐待が行われているらしいことに気付き、あざだらけの少女を思わず自宅に保護してしまう彼女──。

なんとなく『トガニ 幼き瞳の告発(2011)』を思わせるような筋書きですが、本作は実在の事件をベースにしているわけではなく、監督の頭の中にあった「猫と飼い主の寓話」から膨らんでいった物語なのだとか(各種インタビューにて語られているのでご興味ある方は探してみてください)。

過去を忘れて新天地で生きようとする女性の物語というところでは直近に観た『シークレット・サンシャイン(2007)』なども連想するけれどまあそれは、と思ったらじつは本作、イ・チャンドン監督が製作総指揮なんだそうで。ならばあながち外れてもいない感想でしょうか。車中に始まり車中に終わる構成も共通していますね*1

いわくつきで左遷させられた女性警察官と、複雑な家庭環境で虐待を受けている少女。このふたりは抗えないレベルで共鳴し合い、見方によっては共犯関係の逃避行とも取れるエンディングへと向かっていきます。『シークレット・サンシャイン』同様、どう転がるのかはわからないけれど「まだつづく」物語。こういう作品を観たときは「幸あれ」と言うほかありません。

はみ出し雑感

  • これが長編映画デビュー作となったチョン・ジュリ監督。お顔を拝見してみると、同じくぺ・ドゥナ主演の『子猫をお願い』で長編映画デビューしたチョン・ジェウン監督と雰囲気がよく似ていた(ベリーショートで眼鏡の女性)。

  • ミネラルウォーターのペットボトル(だろうか。日本人的には「桃の天然水」に見えて仕方ないのだけど)に大量のチャミスルを移し替えるのがやばい。じつはこの人もアル中、という事実が徐々に浮かび上がってくるつくり、巧み。

  • 短いシークエンスながらスリリングだったのは「訪ねてきた女性」のパート。わたしの場合、最初は「母親か?!」と思い、次に「抜き打ち監査か!!」と思い、最後にようやく「あっ」と気付くという。鈍すぎだろうか。

  • 当時の韓国、同性愛はそんなにもタブーだったのかと驚く。『梨泰院クラス』のトランスジェンダーの件でも意外に思ったけど、今も同じ空気感なのだろうか。映画やドラマを好きで観ているとLGBTQ描写に抵抗がなくなりすぎて、もしかしたら世間の感覚とずれていくのかもしれない。

  • 最初から最後まで泥酔および殴る蹴るの演技でご苦労なアル中暴力親父を演じているソン・セビョクさんが(というかこの役が)関ジャニの丸山君に似ていて、どこか嫌いになれなかった。

  • 今回のぺ・ドゥナさんは初登場時「セミロングヘアを結っている」状態だったので「ついにロングのぺ・ドゥナが見れる!!」と鼻息を荒くしてたのに5分と経たずいつものショートボブくらいに断髪されちゃって一体どんな力が働いているのか韓国映画界もしくはペ・ドゥナ様マネージメント界。

  • その反動からぺ・ドゥナのインスタめっちゃ見た。モデルモードのぺ・ドゥナが映画とは全く違う顔をしていてだいぶクラクラした。ここにきて本格的なぺ・ドゥナ推しになるかも。

  • 「少女」を演じたキム・セロンさんは、わたしは関連作未見だったけれどかなり有名な子役さん(今はもう大人)らしい。歌い踊り憑依してみせるあのシーンはちょっとしたサービスなのかもしれない。また、実際にフィジカル面で成長しているように見えたのでもしかして2年くらいかけて撮ったのかなと思ったら6週間で撮ったらしい。つまりそこまで含めて演技ということだ。なるほど天才子役。

  • 撮影中には是枝監督が見学に来ていたそうな。香川で是枝監督とNonstop UdonするKawaiiぺ・ドゥナさんをついでにどうぞ。


(2021年15本目/TSUTAYA DISCAS

私の少女(字幕版)

私の少女(字幕版)

  • 発売日: 2020/11/27
  • メディア: Prime Video

*1:厳密には『シークレット・サンシャイン』は車中で終わるわけではありませんが、終盤近くソン・ガンホが運転する車のシーンは間違いなく冒頭部に呼応したものでしょう。

映画「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち(2020)」感想|その歴史から失禁ドライブ体験まで。映画ファン必見のドキュメンタリー

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「車に撥ねられる練習は、実際に撥ねられるしかない」「火だるまは得意」──予告編で見たパワーワードの数々に、これは絶対観なきゃと思っていたドキュメンタリー映画『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』を観てきました。

映画やドラマのスタントを生業とする女性たち、通称スタントウーマン。映画のなかで女性が危険な目に遭っている時、または血湧き肉躍るアクションを魅せている時、そこにはスタントウーマンたちがいます。

予告から期待するメイキング的な面白さはもちろんとして、もうひとつ軸となっていたのは性差別、男女格差の根強い問題でした。「これは女性には危ないから」とウィッグをつけた男性スタントマンが女性役を演じるなんていうことも日常茶飯事だったんだそうです。プロなのにそんな扱いを受けるなんて。全く知らなかったので驚きました。

また、衣装的に女性スタントのほうが総じて危険度が高いというのも、言われてみればその通りなんですが考えたこともなくて目から鱗でした。どういうことか、つまりこうです。ワンダーウーマンキャプテンアメリカを思い浮かべてください。いや、ちょうどいい比較画像を作ったので貼っておきましょう。

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仮に、両者とも戦闘能力は同等とします。危険度は、言わずとも一目瞭然ですね。保護パットのひとつも付けられないワンダーウーマンに比べ、キャップのなんと全身ガードなことよ。いくらでも仕込めるじゃん。

これは女戦士という極端な例ですが、一般人役だとしても男性と比べたら地肌の露出度は概ね高い。スカートであればそれだけで動きづらいだろうし、ミニスカートにハイヒールなんてざらなわけです。そのスタントをするとはつまり、その服装で落ちたり撥ねられたりなんだりしなきゃいけないということ。リスペクト……。

本作には大ベテランから若手まで多くのスタントウーマンが登場します。なかでもクローズアップされているのは、初代「ワンダーウーマン」リンダ・カーターさん(『ワンダーウーマン1984(2020)』にカメオ出演していた方)のスタントを務めたジーニー・エッパーさん。だいぶご高齢だと思いますが、若い頃にはガラスを突き破ったりビルから飛び降りたりしていた、本物のワンダーウーマンです。彼女がキャリアを振り返って涙するシーンではもらい泣きしてしまいました。

またもうひとり、カースタントを得意とするデビー・エヴァンスさん。彼女の代表作はこちら!

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ワイルド・スピード』1作目の「トレーラー潜りカーアクション」です! こんな履歴書見せられたら即採用じゃろ。

んでもってこの車のドライバーであるレティを演じたミシェル・ロドリゲスさん、じつは本作の製作総指揮です。ドキュメンタリーのなかで自分のスタントであるデビー・エヴァンスさんに会いに行くのですが、ここで彼女が助手席に乗せてもらって体験することになる「失禁ドライブ」が最高すぎて、劇場で拍手喝采したかった! 『フォードvsフェラーリ(2019)』かよ!っていう。はー、かっこいいなあ。

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ただ、男女格差しかりこの仕事は輝かしさだけではありません。スタントの暗部「事故」についても踏み込んでいきます。監督の希望だとしてもスタントのプロとして事故の危険性を感じたら中止させる勇気が必要だと何度も語られます。防げたかもしれない事故で仲間を亡くした悲しい経験をスタントマンの多くは持っているそうです。

最悪の事態には至らずとも、大事故がそのまま劇場公開されているケースもままあるとか。例として、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2(1989)』のホバーボードのシーンが挙げられていました。そういえばなんか聞いたことあったかも……。

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この人がまさにこの瞬間大怪我をしたという話

これまでスタントウーマンというとタランティーノ組のゾーイ・ベルさん(『デス・プルーフ in グラインドハウス(2007)』では本人役で登場!)ぐらいしか存じ上げませんでしたが、この機会に彼女たちの勇敢な仕事を知ることができてよかったです。今後も大いに楽しませていただきたいのと同時に、どうか皆様、ご安全に。

(2021年14本目/劇場鑑賞)

出演しているスタントウーマンのプロフィールを細かく載せている公式サイト、素晴らしいです!