2022年7月29日をもって閉館となる神保町の老舗ミニシアター「岩波ホール」に行ってきました。じつは今まで行ったことがなく(神保町へ行くときはいつも岩波ホール直結のA6出口から出ていたので完全に素通りし続けていたことになります)最初が最後になってしまったわけなんですが、こんなかたちにせよ行けてよかったです。
なお岩波ホールで上映されていた作品というところでは、シネマ・チュプキの「ありがとう岩波ホール」特集上映にて先月『ベアテの贈りもの(2004)』『宋家の三姉妹(1997)』を鑑賞しました。
7月には『ハンナ・アーレント(2012)』『終りよければすべてよし(2006)』の2本がラインナップされています。岩波ホール受付カウンターのすぐ横でも告知いただいてました。
さて、今回鑑賞した作品は、ヴェルナー・ヘルツォーク監督によるドキュメンタリー『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』。岩波ホール最後の上映作品ということになります。
これがまあなんとも、なんだろう、図書館の普段行かないフロアに足を踏み入れてしまったような作品で。早世の作家ブルース・チャトウィンを知らない、ヘルツォーク監督を知らない、何もかも知らないわたしとしては、かなり背伸びをして観るような作品でございました。ドキュメンタリーって「何も知らなくても楽しめる」ものだと思っていたんですが、持論揺らぎました(笑)
ただ、ざっくり言えば「旅の話」なので、その面では知的好奇心をくすぐる作品でした。札幌・モエレ沼公演を彷彿とさせるエーブベリー遺跡の人工山「シルベリーヒル」、ハリウッド映画の撮影にも多数使われたというオーストラリアの砂漠地帯「クーバーペディ」、9000年以上前の古代人がつけたという鮮明な手形がある「クエバ・デ・ラス・マノス」等々、うひょーとなること必至です。
チャトウィンが気に入っていたというヘルツォーク監督の言葉「世界は徒歩で旅する人にその姿を見せる」も、歩き回る旅が好きなわたしとしては非常に共感できるところでした。パンフレットに詩人・明治大学教授の管啓次郎さんが寄稿されていたエッセイもまた素敵な文章だったので、ここに一部引用したいと思います。
人間にはひとりで旅をする力はない。ひとりで旅を構想することはできない。あらゆる旅には必ず先行者がいて、われわれに道をしめしている。ぼくはずっとそんなふうに考えてきた。その始点にいたのはこのふたりだった。ぼくはかれらの模倣者だ。
(『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』劇場用パンフレットp32より)
「このふたり」とはチャトウィンとヘルツォーク監督のこと。わたしの好きな所謂「聖地巡礼」などもつまりはこういうことなので、すごく「ああ!」と言語化してもらった気持ちになりました(尾道探訪記、早く続き書かなきゃ)。このエッセイでパンフレットが終わる構成なのもにくいです。
ところで岩波ホールが本作を「最後の上映作品」に選んだのはどうしてなんだろう、そう思いながら観ていたのですが、全8章から成る本作の、最後のチャプターでなんか腑に落ちた気がします。ずばり〈本は閉じられた〉。本のまち神保町でひとつの歴史あるミニシアターが幕を下ろすのにふさわしい、小粋な文言だなと思いました。
岩波ホール2022.06.28の記録
以上、誠ににわかで恐縮ながら岩波ホール最後の記録をネットの海に放流します。岩波ホールさん、長きにわたりお疲れ様でした。
(2022年112本目/劇場鑑賞)