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映画感想「ベアテの贈りもの」「宋家の三姉妹」|ありがとう岩波ホール特集上映inチュプキvol.1

映画「ベアテの贈りもの」「宋家の三姉妹」ポスター
映画「ベアテの贈りもの」「宋家の三姉妹」ポスター

東京・田端のユニバーサルシアター「シネマ・チュプキ・タバタ」では現在「ありがとう、岩波ホール」特集上映と題して、7/29(金)に閉館となる岩波ホールで過去にかかっていた作品からチュプキ的に思い出深い*1何本かを上映しています。

その第一弾となるベアテの贈りもの('04)』『宋家の三姉妹('97)を駆け込みで観てきました。わたしはどちらも今回が初観賞。例によって予備知識も全くないままに観たわけですが、それぞれに素晴らしい作品でございました。

ベアテの贈りもの(2004)』

こちらは日本製作のドキュメンタリー。べアテ・シロタ・ゴードンさんというご高齢の女性が、ピアニストだったお父様のレコードを探して岩手へ向かうというところから始まります。お父様の名はレオ・シロタさん。なんとストラヴィンスキーペトルーシュカ(のだめのイメージが強い)を初めて全曲録音した方、だとか。ええっ、すごい!!とここでまず驚いていたのですが、本題はこれから。

レオ・シロタさんは日系ではなくウクライナ出身の方。中国でのツアー中に山田耕作に声をかけられ(!)演奏のため来日したことをきっかけに、日本に住むことになります。ウィーン生まれのベアテさんも、日本で育ちます。そしていろいろすっ飛ばして太平洋戦争終結後、なんとベアテさん、GHQで働き始めます。そこで彼女が携わった仕事とは、なななんと、日本国憲法の草案作りです。

先に言ってしまうと、ベアテさんの働きにより日本国憲法に組み込まれたものは、第14条「法の下の平等」および第24条「家庭生活における両性の平等」でした。もっとざっくり言えば「男女平等」の考え方を日本国に取り入れたのはベアテさんということになります。これ決して大袈裟ではなくて、草案作りにおいて人権の項目を担当していたメンバーはわずか3人。うち2名が男性で、唯一の女性がベアテさん。「まさにベアテさんこそが」と言ってよいでしょう。

まさかそんな方のドキュメンタリーを観ていたとはつゆ知らず、という感じでこれ本当に驚きました。わたしがベアテさんのことを存じ上げなかったのはもしかしたらかなりの無知だったのかもしれないけれど、だとしたら知れてよかった……。え、偉人すぎない???っていう頭の悪そうな感想に尽きます。あと、元を辿れば山田耕作がレオ・シロタに声を掛けなければ現代日本のかたちは全然違っていた可能性がある……??

本作では、まだご存命だったベアテさんの講演を軸にしながら、ベアテさんが切り拓いてくれた道をさらに伸ばし、広げていく女性たちが次々に登場。ご高齢の方も多数ながら、どなたも清々しく頭脳明晰で、見ているだけで気持ちがいいです。さらにWikipedia等によればこの映画を作るにあたっては岩波ホール総支配人・高野悦子さんの一言が決め手となったらしく、それがまたかっこいい。

ベアテさん曰く「男女平等」の草案を通すことは、体感として天皇制存廃の話題よりも当たりが厳しかったといいます。わたしは男性なのでここで「彼女が切り拓いてくれた道の上に生きている」とは言いづらいのがなんとも所在のない心地なのですが、とにかく「よくぞ」と心底思っていることだけは書いておきます。

宋家の三姉妹(1997)』

こちらは打って変わって、香港・日本合作の伝記映画。近代中国史に大きな影響を与えた「という」宋靄齢宋慶齢宋美齢の三姉妹が主役の大河ドラマなのですが、「という」を強調しちゃった通り、わたくし近代だろうがなんだろうが中国史なぞ疎いオブ疎いでして、本当に何も知らなくて、あれ? 孫文とか蒋介石とか聞いたことあるような気はする? みたいな。まあとにかく知識ゼロなところにいきなり濃厚なものを流し込まれた感じだったのですけども非常に楽しめました。

なんといっても重厚、重厚、また重厚。『風と共に去りぬ(1939)』と同じくらいの映画体験ができた気がします。夜の空港でヘッドライトの滑走路を作るシーンとか、孫文の顔写真がどでかく貼っつけられた生前葬みたいな(ていうか大掛かりな葬列だと思ったら生きてた)蒸気機関車のシーンとか、蘇州夜曲を歌う慰問団のバックに突き刺さる日本の戦闘機とか、禍々しいほどに重厚でたまらんかったですね。

はじめのうちは「三姉妹の顔すら見分けがつかないのでは」「名前すら覚えられないのでは」と思っていましたが、観ていくうちにそのへんはちゃんと馴染んでくるもので。知らないなりに近代史ものとしても興味のきっかけになりました。何より日本も思いっきり関わっている部分ですし、まずは手元にある世界史関連の本をひっくり返してみようかしら。

余談的なところで印象に残りまくっているのは、後半のほうで登場する「卵を36個使った月餅」。最近のチュプキのラインナップを追っていた方なら100%『ひまわり(1970)』のオムレツを連想したんじゃないかなと(笑) ちなみにあちらは24個です。卵の数で月餅に負けるオムレツ……。しかもあの月餅ひと切れしか食べられてなかった。かわいそう……。

この日は『ニュー・シネマ・パラダイス(1988)』なんかもちらりと観ちゃったのですが、家に帰ってから頭をぐるぐるしていたメロディはモリコーネじゃなくて蘇州夜曲でした。それぐらい浸れる映画だったし、反面こんな機会でもないと観ることはなかったと思うので、観れてよかったです。


以上の2本、うう、チュプキは明日までなんですよね。いつも観るのが遅すぎる。なんらかのかたちで、どちらもぜひ観てください!な作品たちでした。希少度で言うとベアテの贈りもの』はソフトすら出ていない作品なので、……もっと観てもらいたい!!

(2022年102・103本目/劇場観賞)

*1:チュプキの母体であるバリアフリー映画鑑賞推進団体City Lightsはかつて岩波ホールで音声ガイド付き上映会を行なっていたそうです。わたしはなにせ昨年からのお付き合いで、その頃のことは全く知らず。じつは岩波ホールさんにも行ったことがない体たらくなので、閉まる前に一度行きたい!と思っているのですが……。(追記:行けました