早川千絵監督による映画『PLAN 75』を観てきました。「75歳以上が自ら生死を選択できる制度が施行された近未来の日本」を舞台にした、わたしの好きな「地味SF」です。
原型となっているのは、是枝裕和監督が総合監修を務めたオムニバス映画『十年 Ten Years Japan(2018)』の一編として発表された同名の短編作品(すごく観たいけど、あいにくの未見)。
本作の概要を知ったとき真っ先に連想したのは、『十年』にも参加されている石川慶監督の作品『Arc アーク(2021)』でした。
と言ってもこちらは「不老不死の実現した世界」で逆なのですが、SFらしからぬ地味さと、最終的にもたらされる感情というところではかなり通じる作品ではと思います。あと、『PLAN 75』主演の倍賞千恵子さんは『Arc アーク』でも重要な役どころを演じておられるんですよね。きっと新文芸坐さんあたりで2本立てが組まれるんじゃないかしら。
さて本作、倍賞千恵子さんが主演で、かつこの作品概要です。「75歳以上が自ら生死を選択できる」つまり「倍賞千恵子さんが生死を選択する」展開があるわけでしょってことで、いくらでもウェットな描き方ができそうなもの。しかし蓋を開けてみれば思いのほか淡々と抑制を効かせた作品になっており、非常に好みでした。
特に好ましかったのが、さまざまなディテールの自然さ。「プラン75」の各種デザインから始まり、ニュースの音声、病院のアナウンス、電話口のオペレーター等々、なんかどうしても日本映画ってこういうとこ作り物感が出ちゃうんだよなっていうポイントを全て回避していて感動の域でした。
日常的な光景にメッセージ性を持たせまくる映画的演出の数々も見どころで、物々しい音で下がってくる「遮断機」だとか、毒々しい赤の点滅で「限界」を否応なく知らせる工事現場のアレだとか、さも三途の川の渡り方を教えてくれようとしているかのような「よく見て渡れ」だとか、最期の日のベランダが「蹴破って逃げる」選択肢を提示していたりとか、最期の日のシートベルトは一体今更何を守るためなのだろうとか、かと思えば「復路」のシートベルトは、あれは人間の尊厳を守るためだよなとか。
登場人物がそれぞれに葛藤こそすれ、劇的に感情を爆発させるような行動は見せないのもよかったです。凡庸な演出なら彼女は机を叩いて涙ながらに立ち上がっただろう、彼はベッド脇で叫んでいただろう、しかしそんなシーンはなかった。省略のうまさも風格がありました。あ、結託したんだ!っていう終盤のとある描写とかすごい好きですね。
前述のとおり全編通して淡々とした、お涙ちょうだいのない映画なのですが、唯一わかりやすくエモーショナルな役どころを担っているのは今をときめく河合優実さん。『佐々木、イン、マイマイン(2020)』の「苗村さん」に始まり、短い出演時間で観客の心に入り込むことにかけては現在の日本映画界トップの俳優と言えましょう。あえて王道の「泣ける」シーンを一箇所入れることで涙腺的満足感もしっかり持たせる、絶妙な塩梅です。河合優実さん、つくづくうまい。
磯村勇斗さんも受けの演技が素晴らしかった。お役所人間でありながら決して悪役ではない役どころ、関わった案件から隙間隙間に見えてくる背景、少しずつぐらついていく心。彼の行動ってのは「なんで?」になりかねないのですけど、脚本が細部まで行き届いているので全くノイズにならない。思い出し感嘆してます、今。
ステファニー・アリアンさん演じるマリアの存在は、ああ、それは外国人労働者にやらせるんだね、という嫌なリアル。なんならアウシュビッツの「特殊任務」まで連想してしまったりして。彼女が何か波風を立てたりするわけでは全くないのも、またなんとも言えない感情にぐるぐるさせられたりして。何も解決してないんだよなあ、この映画。
あとはなんだろうな、冒頭「日本人の国民性」について言及されるシーンでは、前日に観たばかりの『ひめゆり(2006)』が直結してきたり。35歳のわたし的に「75歳」は他人事として見れるけど、ある時点で「65歳に引き下げ」られるかもと聞こえてきたときの文字通り寿命が縮んだような感覚がエグかったです。とか。感想尽きませんな。人と話したい。
そうそう、立川シネマシティで今回観たのですけど、客層がそのものずばりプラン75対象ど真ん中シニア層ばかりで驚きました。あれだけ偏ってたということは、シニア層でかなり話題になっているのかしら。自分事きわまりない方々が果たしてどのようにこの映画を見てどのように感じたのか。非常に知りたいです。帰り道は駅までずっと聞き耳立ててました。「バスには乗り遅れたのにお昼ご飯食べてる余裕はあったんだね」。た、確かに……。
途中から箇条書き状態になってしまいましたけど、とても質の高い作品で、ご覧の通り感想が溢れ出てしまう感じでございます。ぜひ劇場でヒリヒリしてみてくださいませ。
(2022年108本目/劇場鑑賞)
わたしは死ぬことにかなり抵抗があるから、自ら選ぶ勇気はないなあ。40年後でも、きっと。