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坂本真綾「Duets」全曲感想|歌手デビュー25周年を記念したデュエットアルバム

坂本真綾さんのデュエットアルバム『Duets』が3/17にリリースされました。歌手デビュー25周年を記念する企画として、7名のシンガーとコラボレーションしています(和田弘樹堂島孝平土岐麻子/原昌和the band apart/内村友美(la la larks)井上芳雄小泉今日子)。

最近すっかり音楽の感想は書いていませんでしたが、すごくいい作品でしたのでちょいと書き残しておくことにします。

Duets

Duets

  • アーティスト:坂本真綾
  • 発売日: 2021/03/17
  • メディア: CD

目次
  1. Duet! feat.和田弘樹
  2. あなたじゃなければ feat.堂島孝平
  3. ひとくちいかが? feat.土岐麻子
  4. でも feat.原昌和
  5. sync feat.内村友美
  6. 星と星のあいだ feat.井上芳雄
  7. ひとつ屋根の下 feat.小泉今日子

Duet! feat.和田弘樹

坂本真綾和田弘樹h-wonder)さんといえば『天空のエスカフローネ』OPとEDだったり、そのOPで歌手・坂本真綾をデビューさせた菅野よう子が親だとすれば親離れ後最初に戸を叩いたのがh-wonderだったり、と節目節目でただならぬ関係にある人物。今回はなんと22年ぶりに歌手として坂本さんが引っ張り上げたかたちになるとか。

まさかのオファーに腰が引けていたという和田さんの姿を逆手に取ってドキュメンタリックに描いた坂本さん書き下ろしの歌詞は、何か新しいチャレンジをしてみたいけどううんやっぱりやめとこうかなと躊躇する気持ちにポンと背中を押してくれる内容でとても響いた。

坂本さん曰く、赤いベルベットの緞帳が上がっていくオープニングナンバーであるこの曲。イントロの靴音から想像するに緞帳は下がった状態でピアノが先行して鳴り響き、舞台両サイドから歩き始めたふたりが幕開けと共にセンターで合流して歌い出すのかなと思ったが、歌詞からするとオープニングナンバーではこのふたり、もしかしてまだ舞台袖にいるのかもしれない。

サウンド面では『DOWN TOWN』を思わせる軽妙で華やかなビッグバンドアレンジが心地良い。もう少しアウトロを伸ばすこともできるだろうけど、あえてコンパクトな尺にしている印象を受ける。間奏で聴けるGt.石成さんのオクターブ奏法がキレッキレでさすがプロ、という感じである。

あなたじゃなければ feat.堂島孝平

「矢野フェス」での共演以来すっかり同胞というイメージのある堂島さん。ライブ映えする曲とのリクエストを受けて、これまで坂本さんがやったことのなさげなモータウン調で作ってくれたそう。英詞のように聞こえるAメロの譜割りが特徴的で、『アチコチ』に収録されている『Lazy Line Painter Jane(末光篤 feat.坂本真綾)』なんかを連想した。

作詞のコンセプトはさすが分かってらっしゃるというか、坂本真綾にボロクソ言われる堂島孝平の構図がとてもよい。サビ前のハンドクラップがビンタに聞こえるとは坂本さんの談だが、そんなこと言われたらもう2往復半ビンタにしか聞こえない。

偶然なのだろうけれど、1曲目で和田さんに「あなたとじゃなきゃ」と歌った坂本さんが2曲目では堂島さんに「あなたじゃなければ」と歌う八方美人感もなんとなく好きだ。

ひとくちいかが? feat.土岐麻子

同じく「矢野フェス」でようやく近付けたという土岐さんは、坂本真綾憧れの女性。リスペクトしてやまないお姉さんに連れられて薄暗い階段を降りたら真っ赤な照明のクラブだった、みたいな、うれしはずかし背伸び感の溢れる楽曲に仕上がっている。フラット気味でややダーティなサックスの音色など、今の坂本真綾にはまだちょっとそぐわないものである。

とはいえ土岐さんの書いてくれた歌詞は対等なガールズトークになっていて、「ボトルにしよう!」のところでは目を見合わせてユニゾンするふたりが見える。

アレンジ面も含めて、『Driving in the silence』収録『homemade christmas』の姉妹編みたいな曲だなと感じたりもした。今回の曲は奇しくもコロナ禍において非日常な光景を描いたものになっているが、そういえば『homemade〜』も3.11由来のメッセージが込められた曲だったことを思い出す。

でも feat.原昌和

どういうわけか今や坂本真綾ファン界の頂点に立つ男、the band apart原昌和。周年ライブに2回以上出演(※書いている時点では出演予定の段階)したゲストは菅野よう子と原さんだけ、のはずである。

『プラチナ』きっかけで坂本真綾沼にハマった原さんはのちに『プラチナ』へのリスペクトに満ちた『Be mine!』を真綾様に提供し、いろいろあってこの度は真綾様とまさかのデュエット、おまけに作詞は『プラチナ』の岩里さんとかいう、ひそむパワーにも程がある。

しかし想像もしないものが隠れているとはまさにこのことで、ボーカリスト原昌和はめっちゃいい。こんなに惚れさす美声とは。真綾様との相性も完璧。そして保証されたところとして楽曲も素晴らしい。カシオペアなどにルーツを持つ原さんならではのフュージョン色が最高にわたしの好みだ。Gt.フルカワユタカさんのソロも超絶かっこいい。

形容詞を使い尽くすほど全てにおいて最高が詰まっているのだが、Perc.またろうさんが幾重にも重ねたであろう分厚いリズムの壁はなかでも特に特に特に最高。またろうさんのプレイがこんなに前面にミックスされた楽曲って坂本さんのフィルモグラフィーにはなかったのでは。一般的な感覚よりふた回しほど長いアウトロのトリップ感はただただ幸せで、ビシッと終わったところで毎回「かぁ〜〜っくいぃ〜〜!!!!!」と小さく叫んでしまう。

sync feat.内村友美

School Food Punishment、現la la larksの内村友美さんはいつからか坂本真綾の盟友という印象が強い。その先入観もあるかもしれないが今回の同性デュエット企画では唯一、全く対等な関係性を感じられる曲になっている。歌詞も共作であり、本人たち曰くコンセプトは「女の子たちがんばれソング」。10年前の『stand up! girls』などとはまた違った趣の、シスターフッドな楽曲だ。

作編曲は江口亮さん。お馴染みすぎて正直なところ期待値では一番下くらいだったのだけど、どっこい蓋を開けてみれば最も刺さってきたのはこの曲だった。力強いのに軽やかで、ノンストップに突き抜けていくドライヴ感。端的に、エモい。

この曲を聴いて気付かされたのが、ボーカリストって孤独なんだなということ。なぜって、この曲での坂本真綾はすごくリラックスしているように聞こえるから。肩肘を張っていない。大きなものを背負っていない。盟友と一緒に歌える心強さみたいなものを歌声から感じる。きっとそれが「力強いのに軽やか」な印象として出ているのだろう。

NiziUにハマっていた坂本さんは、当初この曲にラップを入れようとしていたらしい。面白い。Cメロあたりに入っている言葉数の多いフレーズはもしかするとその名残なのか。坂本さんらしからぬ譜割りで、それこそ気のおけない親友にしか見せないおしゃべりのようにも聞こえてくる。

ちなみに、『でも』と『sync』にはどちらも「ドレミファソラシド」が印象的に使われている。『Duet!』『あなたじゃなければ』の八方美人に続くおもしろい偶然シリーズ。

星と星のあいだ feat.井上芳雄

本作中で最もデュエット慣れしている相手、井上芳雄。ミュージカル『ダディ・ロング・レッグズ』で育んだ8年間の絆はダテじゃない。注目すべきはそんなふたり用の曲を、坂本真綾直々に書き下ろしているという点である。

思えば作曲家・坂本真綾のデビューは約10年前のことだが、こちらの親心的な不安をよそにコンスタントな楽曲制作を続けた結果、もはや大御所感すら漂う作風が確立されているのは恐れ入る。この曲も一聴して分かる「坂本真綾節」を持ちつつミュージカルナンバー調の変則的な壮大さも見事に生み出しており、普通にすごい、と語彙力を失った。

演奏面では、Gt.名越由貴夫さんのプレイがもう間違いなく「名越由貴夫!」な署名入りで嬉しくなる。多感な頃に椎名林檎を聴きまくった身として、名越さんのノイジーなギターはなんともたまらんものがある。確か『序曲』も名越さんだったはず。

ひとつ屋根の下 feat.小泉今日子

まさかのキョンキョン。歌い手としてのみならず執筆家としても大ファンだということで様々なご縁が重なって実現したらしい今回のコラボは、意外と肩肘張らないものになっていた。

同じく憧れの女性シリーズである『ひとくちいかが?』での土岐麻子さんとのコラボは普段行かないような地下のクラブに連れて行かれた背伸び感があったけれど、この曲からは「自宅に小泉今日子さんをお招きした」ような、適度な緊張感はありつつもアットホームな印象を受ける。じつはジャケ写の色水でも土岐さんよりキョンキョンのほうが近いのだ(色の内訳はCDのブックレットに載っている)。

レコーディングにどれぐらい時間を使えたのか知らないが、アウトロの綿密なコーラスワークまでふたりで作り込んでいることに感心した。耳が幸せなままフェードアウトしていける。キョンキョンご本人もお気に入りだそう。それにしても、一発で顔まで浮かんでくる歌手・小泉今日子の歌声はあらためて唯一無二。


坂本真綾に「当て書き」された普段の楽曲とは少し違い、コラボ相手のフィールドからそれぞれ持ち寄られた要素がとても新鮮に感じられる全7曲でした。J-POPシーンのミュージシャンたちと初めて意欲的に組んだアルバム『You can't catch me』からちょうど10年。対になる作品が生まれたような気もします。

この感想を書いている3/20と翌日は横浜アリーナで25周年記念ライブが開催予定。わたしが初めて坂本真綾のワンマンライブに行ってからまもなく10年が経ちます。いつまでも憧れの対象として前を歩き続けてくれる人がいるのは心強い限りです。

ミュージック・マガジン 2021年 4月号

ミュージック・マガジン 2021年 4月号

  • 発売日: 2021/03/19
  • メディア: 雑誌