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小津安二郎監督作品「秋刀魚の味(1962)」雑感|軍艦マーチと失われた青春

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小津安二郎監督の遺作秋刀魚の味Netflixで観ました。小津作品は恥ずかしながらつい最近『東京物語(1953)』を観ただけというビギナーですが、もう一本観たことで作家性が浮き彫りになった印象です。とりあえずやはりゴリッゴリの望遠圧縮と、計算し尽くされているであろう前ボケの小物配置&色彩設計などに目がいって仕方ない作品でした(楽しんだ、ということです)。

本作の主人公は、笠智衆さん演じる初老の男性。妻に先立たれて長女と次男と三人で暮らしています。家のことは長女がやってくれているのですが、お前そんなことじゃ娘さんの婚期逃すよとまわりから言われ、ふうむそうか、と気持ちの整理をしていく。そんな嫁入り話を中心に置きつつ、じいさんたちの同窓会だとか夫婦漫才だとかいくつものエピソードをブラックコメディ寄りのタッチで描きます(かなり笑えます)。ちなみに秋刀魚は出てきません。

軍艦マーチと失われた青春

観たい映画のリストには入れつつも後回しになっていた本作ですが、大林宣彦監督の本『最後の講義 完全版 映画とは“フィロソフィー”』を読んでいたら、『秋刀魚の味』には「軍艦マーチの流れる軍国バー」に行くシーンが出てくる、と書いてあって、ならばこのタイミングで観ようと思いました。というのも太平洋戦争関連の映画を最近いくつも観ており、そのなかで軍艦マーチを聴きまくっていたからです。

笠智衆さん演じる初老の主人公は、戦時中は駆逐艦の艦長をやっていた設定です。そんな彼がかつての部下と偶然再会し、艦長懐かしいですねちょいと一杯やりませんかってんで軍国バーへ。「あの曲、かけましょうか」なんてマダムに言われて軍艦マーチのレコードを聴きながらしばしあの頃に思いを馳せます。

※軍艦マーチとはこの曲。余談ですが指揮をしておられる海上自衛隊東京音楽隊の河邊一彦先生には、所属楽団で大変お世話になりました。

大林監督曰く「敗戦のメッセージ」が込められたシーンだということですが、表面上は「懐かしむ」というニュアンスも強く感じ取れるシーンでした。戦争映画を続けざまに観たばかりの目からすると、バーカウンターでへろへろしている男ふたりが「駆逐艦の艦長と乗組員」だったとはまるで思えないわけで、それは本人たちもそうなのかもしれません。あんな時もあったよなあ、ビシィッと敬礼してよお、などと眩しく、遥か昔の青春のごとく遠い目で見ているように思えるのです。

でもこれは同時に、本来もっと他の想い出があてがわれるはずだった「青春」を全て戦争に捧げざるを得なかったことに対する虚しさを描いている解釈にもなります。というわけで結局確かに「敗戦のメッセージ」なのだなと納得しました。

このシーンで諸々のニュアンスを感じ取るには、「軍艦マーチを聴いて思い出す何かがある」ことが必要かもしれません。その点、本作の鑑賞前に『太平洋奇跡の作戦 キスカ(1965)』のような、劇中に軍艦マーチが流れ、かつ駆逐艦の艦長や乗組員が出てくる作品を観ておけたのはとてもラッキーでした。その映像と音とのリンクがあったからこそ、一見へろへろな軍国バーのシーンが味わいを増したのだと思います。

(2020年123本目/Netflix

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他にも書きたいことは沢山あるけれど……、書きすぎないことをちょっと頑張っているこの頃です。さて、何かにつけて大林大林、な当ブログ。次回は大林宣彦監督の最新作かつ遺作『海辺の映画館─キネマの玉手箱』になります。たぶん書きすぎることになります。予告でした。