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映画「無法松の一生(1943)」感想|二度の検閲で切り刻まれても伝わってくる松五郎の想い

稲垣浩監督による1943年の阪東妻三郎無法松の一生、だいぶ前にBSプレミアムで録っていた4Kデジタル修復版を観ました。


映画「無法松の一生(1943)」場面カット
映画「無法松の一生(1943)」場面カット


今村昌平監督の『黒い雨(1989)』を先日観た際に、新藤兼人監督の『さくら隊散る(1988)』を連想しました。『さくら隊散る』は広島で被爆し全員が亡くなった移動演劇隊「桜隊」についてのドキュメンタリー的作品で、同じく桜隊を扱った大林宣彦監督作品『海辺の映画館-キネマの玉手箱(2020)』の予習として鑑賞したものです。

『海辺の映画館』には、桜隊メンバーの園井恵子さんが出演した「バンツマ版『無法松の一生』」が登場します。常盤貴子さん演じる「園井恵子」が劇中シーンを再現するような場面も出てきます。なのですがこのバンツマ版=1943年版、当時あまり手軽に観られませんで、結局未見のままでした。さらには、後日『海辺の映画館』の「音声ガイド」を作らせていただいた際にもやはり未見のままでした。これは今、すごく恥じています。

というのも、『海辺の映画館』劇中で「『無法松の一生』名場面集」として上演される、松五郎の告白のシーン。これバンツマ版に無いんですね。バンツマ版『無法松』は戦時中の軍部および戦後のGHQによって合計18分ほどがカットされたそうで、それは『海辺の映画館』でも語られるエピソード。でも何も知らず観ていたわたしは、まさかあの「名場面」とされていたシーンがそのシーンであるとはつゆ知らず、先ほど観ながら「えっ?」と声が出てしまいました。あのシーン、ないじゃん。

そしてあらためて『海辺の映画館』を観直してみると、当該シーンの上演中に憲兵が上がり込んできて中止を叫ぶ。あ、これってまさにこの「ふさわしくない」場面が検閲されている描写なんだ、と、今になって気付きました。音声ガイド制作のために数え切れないほど観ていたのに、こんなことを知らないままだった。ガイド的には間違ったことは書いていないつもりだけれど、しかしそうと知った上で観ると全く見え方が違う。自分の爪の甘さが、ショックです。やっぱり大林作品は全てに筋が通っているんだ。

個人的後悔は一旦置いておくとしても、この『無法松の一生』、序盤こそなんだか沁み入る要素がなさそうだなあなんて思っていたものの、観ていくうち本当に切なくて……。バンツマ演じる車夫・松五郎の、園井恵子さん演じる夫人・よし子さんに対する想いは前述の検閲により具体的には描かれないのですが、それでも確かに全ての行間が想像力で補完されるんですね。二度の検閲で切り刻まれてもなお伝わる、松五郎の想い。映画史に残る名作と言われる所以がよくわかりました。

また、『さくら隊散る』を観たあとでは観る勇気が出ない、と思っていた園井恵子さんの姿。お美しかったです。この2年後、移動演劇隊「桜隊」で広島を慰問していた園井恵子さんは市内で被爆。ほどなくして亡くなります。悲しい。でも映画制作そのものが非常に困難だった戦渦において様々な障壁を乗り越えて本作が作られたことで、園井さんは少なくとも映画の中で美しく生き残った。それだけでも、幸運だったと言えるのかもしれません。

BSプレミアムで同時に放送されていたドキュメンタリー「ウィール・オブ・フェイト〜映画『無法松の一生』をめぐる数奇な運命~」も20分と短いながら見応えあり。阪東妻三郎さんはサイレントの時代には大スターだったけれど声が高かったせいでトーキーになってからは人気が落ち--という『雨に唄えば』案件を知れたり、幻想的ですごいな〜と思っていた終盤の表現がじつはとんでもなく職人芸な多重露光であると知れたり、検閲後の編集版を観た園井さんの率直な感想を知れたり(大林監督は劇中であのシーンを蘇らせることにより、園井さんの想いを汲んだのかも)、と興味深いものでした。4Kデジタル修復版のBlu-rayにも収録されているようです。

(2022年84本目/BSプレミアム