「マブリー」の愛称で大人気なマ・ドンソクの魅力にわたしもクラクラしたいな、ということで手始めに『新感染 ファイナル・エクスプレス』を観ました。このタイトルは当時のTSUTAYA店頭でやたらよく見た記憶があります。ゾンビものなんて全く興味がなくスルーしていましたが、ようやく再会です。
※鑑賞前に読むと楽しみを削がれるようなネタバレが多数含まれますのでご注意ください。
※前日譚アニメ『ソウル・ステーション/パンデミック』のことを末尾に追記しました。
ありふれたゾンビ映画として始まる
映画はいたって王道のゾンビ映画的に始まります。たったこれだけで最高にいやな予感が溢れる「鹿」のシーン、駅員の後ろでビュッと車内へ飛び込む「確実にヤバい何か」、窓の外に一瞬だけ映る凶暴な人影。舞台となる列車の中ではあっという間にパンデミックが発生し、パニックが巻き起こり、死亡フラグと生存フラグが立ちまくります。
死亡フラグ1本目は、「他人を出し抜いてでも生き残る」典型的な韓国人イズム(※)の持ち主、ソグ(コン・ユ)。幼い娘のスアンにまでその考え方を教え込むソグは、端正な顔立ちとは裏腹に心のないクソ大人として描かれ、一応の主人公ながら観客を敵に回していきます。
※語弊はあるのでしょうが、以前読んで印象に残っていたWikipediaの「セウォル号沈没事故」より引用します: “セウォル号沈没事故の遠因には、韓国社会の体質にも原因があるとされた。朝鮮日報はコラムにて、韓国社会は「生き残りたければ他人を押しのけてでも前に出るべきだと暗に教えてきた」として、家庭・学校・職場を問わず、犠牲と分かち合いよりも競争と勝利が強調され、清き失敗よりも汚い成功をモデルにしてきた結果としている。また韓国では基本、規則、基礎、ルールを大切に考える人間に対し、何か世間知らずの堅物のように見下す雰囲気があり、それどころか、ずる賢い手口を駆使できる人の方が、有能な人間のように扱われるとされ、今回のセウォル号沈没事故の根底には、このような基本を無視する韓国社会の病弊があることを指摘している。”
対する生存フラグ1本目は、クマのような男サンファ(マ・ドンソク)。妊娠中の妻ソンギョン(チョン・ユミ)を持つ彼は、悪漢の風貌も持ちつつ、でも間違いなくこの人はみんなを護ってくれると思わせる魅力を持ったキャラクターです。なるほどマブリーいいわあ。
南北に分かれる
ずっとこの列車内で展開していくのかと思いきや、安全と思われる駅で案外早く下車することに。ただもちろん安全なはずはなく、列車まで必死に逃げ帰ってきて、前方後方いくつかの客車に分かれて乗り込みます。ここからがまず最初の面白いところでしょう。死亡フラグのソグ、生存フラグのサンファ、なるべく生きてほしい野球部員男子というデコボコな3人が、残りの未感染組と合流すべく中間車両のゾンビ軍団を突破していくわけですが、様々なバリエーションで楽しませてくれます。
まずはマブリーの腕っぷしタイム。あらあら頼もしいわあ。このまま行っちゃいましょ。そう思ったところで次なる車両は、残酷にもゾンビ化した野球部員たち……。狼狽するこちらの野球部員くん1名がいる以上、大人たちもあまりスプラッタなことはしたくない。どうしたものか。するとトンネルに入り、ゾンビたちの動きが鈍る。こいつら暗いと見えないのか! 新たな攻略法をゲット!
そんなふうに1ステージ1ステージ慎重にクリアしてゆき、ソグの娘、サンファの奥さん、ご年配の婦人など、マストで助けたいあたりの人たちも(都合よく)途中で救出し、その他大勢が乗っている車両まで命からがらたどり着く。よかった。しかし! せっかく頑張って来たのに「あのゾンビ軍団を突破できるわけがないだろう、お前ら感染してるんだろう」と疑われてドアを開けてもらえない……。
なんとも、ここが一番エグいところだったなと。そしてこれって、同じ民族同士が戦った朝鮮戦争のメタファーなのだろうなと、知らないなりに思ったわけです。でも少し調べてみるとじつはそれだけじゃなくて、この列車の出発点と到達点、途中下車の地点、全てが朝鮮戦争をなぞっていると知りました。つくづく韓国のエンタテインメントはこういう負の歴史と常に向き合っているのがすごいです。この件に関してはこちらの記事がとても勉強になりました。
予想のつかない後半部
さて、この朝鮮戦争のせいで我らのマブリーはなんと無念のリタイア。しかも、いよいよクライマックスか、と思いきやじつはまだ中盤。あくまで助演だったことが分かる出来事です。ただここでうまいな!と膝を打ったのは、マブリー含むゾンビ軍団が「にっくき未感染組」を襲ってくれること。それから、おばあちゃん姉妹のカタルシス。無駄死にさせたわけじゃないんだ!っていう納得感。よくできてる!
マブリーこそ退場してしまいましたが、誰もが認めるクソ大人だったソグがこの頃にはだいぶ成長、心を持つようになっています。シャツに付いた血の染みがハート型をしているのは気のせいではないでしょう。代わりに、序盤から嫌な奴ではあった「バス会社の乗務」がソグの跡を継いでひたすらなクズ野郎として描かれていきます。最終的に奴も死ぬんですけど、惜しむらくはマブリーゾンビが襲ってくれなかったことですかね。絶対そうなると思ってたんだけどな〜。
このバス野郎や車両基地での脱線する列車などがあらわしているのは、セウォル号沈没事故なのだそう。こんな言い方もあれだけど、出ましたという感じで、「セウォル号以降」の韓国における創作物は全てその影響下にあるということ、過言ではなさそうです。
終盤では予想以上に主要キャラがどんどん死んでいきます。なんといってもソグ。そうか、やっぱこんな緊急事態にちょっと改心したくらいじゃ帳消しにはならんのだなと腑に落ちる展開でもありました。シャツの「ハート」が半分だけになっていたので予感はしていましたが、なかなか思い切った結末です。
でもマブリー以降ずっとそうでしたが、生存フラグ側のキャラクターが退場するときにそこそこ納得の結末を作ってるのがよかったですね。おばあちゃん姉妹もあれはひとつのハッピーエンドに見えたし、「運命と思って諦めなさい」なんて羨ましい会話があった高校生カップルの悲しい結末もまあ自然だなと思えたし、ていねいに殺してた印象でした。そういうの大事。
連想したこと
最終的に生き残った2人(3人)を最後のピンチから救ったのが「あの歌」であるというのもまた見事な伏線回収です。トンネルを抜けて、スアンの顔に希望の光が差し込む。このラストは、東日本大震災を扱った朝ドラ『あまちゃん(2013)』のラストを連想したりもしました。
Wikipediaによれば、当時の韓国ではゾンビ映画はヒットしないと思われていたそうで、怪獣映画がヒットするはずないと思われていたポン・ジュノ監督の『グエムル-漢江の怪物-(2006)』みたいだなと。『グエムル』は『シン・ゴジラ(2016)』を連想する作品でしたが、本作『新感染』もやはり『シン・ゴジラ』がよぎります。
(2020年116本目/Netflix)
- 発売日: 2018/01/24
- メディア: Blu-ray
前日譚アニメ「ソウル・ステーション/パンデミック(2016)」
同年に公開された、同じくヨン・サンホ監督のアニメ作品『ソウル・ステーション/パンデミック』も観ました。『新感染』の前日譚という扱いになるのだそうですが、端的に言ってちょっとこれは暗すぎる、救いがなさすぎる、エンタメに包まれてない社会問題そのものをアニメで見るのはつらい……。同じ監督の作品としてはテイストが違いすぎて拒否反応が出てしまった感じがあります。
(追記:同年公開だし「前日譚」だし、というのでてっきりこっちが後だと思い込んでいたのですがどうやらこっちが先にあって、これを前日譚として製作した『新感染』だったらしいです、なんと。そういうことならいろいろ納得です)
(2020年117本目/Netflix)