「37セカンズ/37 Seconds(2020)」雑感
少し前から評判を耳にしていた日米合作映画『37セカンズ(原題: 37 Seconds)』を新宿ピカデリーにて観てきました。ベルリン国際映画祭で観客賞を獲得した作品で、日本以外ではNetflixにて配信予定とのことです(追記:来ました!)。
あらすじ
…は書かないほうがいいかな、書きたくないなと思ってしまったくらい、展開の意外性を楽しませてもらった映画でした。車椅子の女の子が主役の物語、その程度の前情報にとどめて観ていただきたいです。
と言いつつ、以降はどんな展開をしていくかというネタバレ全開の感想となっていますのでご注意ください。
全部書いていくタイプの雑感
真夏の日、車椅子の主人公ユマ(佳山明)が公共交通機関で帰宅してくる冒頭。介助していたお母さん(神野三鈴)とユマはもう汗だくだからと早々に風呂場へ直行するのですが、そこでいきなり服を全て脱がされ(風呂だから当然なのだけど)全てをカメラにさらけ出すことになるユマ。「えっ!」といきなり唖然なシーンです。
彼女は23歳。年頃の女の子でありながら要介助者(脳性麻痺の下半身不随)であるため、自分の人生の主導権を握ることができていない。それが端的に現れているシーンと言えます。これはそんな彼女が自分なりの人生を探し求めていく冒険物語。
少しすると、彼女には絵の才能があるらしいことが分かります。仕事先は漫画家先生の作業場。ということはアシスタントか、と思いきや、どうやらユマはゴーストライターで、幼馴染?のSAYAKAちゃんというYouTuber女子が表向きの「人気漫画家先生」をしている、なんていうきな臭い事情が見え隠れ。
となると実力を正当評価される機会の奪われたユマには当然ジレンマが発生するはず。つまりアレか? ここからまさかのバイオレンスな大復讐劇が始まるというのか? SAYAKAちゃんは血祭りにあげられてしまうのか?? 殺しのルール、37セカンズ。みたいなやつか??? 大歓迎やで!!!
とはならず、ユマは細々と頑張ります。アシスタント枠で自作品の売り込みをするも、「SAYAKA先生とタッチが似すぎてるからもうちょっと個性出そうか」とか言われてしまうユマ。そらそうだ、自分が中の人だもの。でもそこで彼女は冷静に、かつ斜め下の選択肢をとりました。成人コミック、要はエロ漫画でいこう。
ここでユマのイマジネーション炸裂。目の前の風景がペン画とスクリーントーンに置き換わってゆき、世にも珍しいSFエロ漫画を爆誕させるのです。えっ、やばい。この映画の振り幅やばい。どこまで連れていかれるの…?! これほんと、作画がすごいですよ。実写版の『映像研に手を出すな!』はもしかしたらこんな感じになるのかな。
ということは、この明らかな才能で仕事を勝ち取り、正当評価という大鉈でSAYAKAちゃんをぶちのめすのか! 天才漫画家の話か! バクマンか!(や、あれはそれこそチームだったな…)
まあ、そうもならないわけです。成人コミックの編集部へ原稿を持ち込むと、出てきたのはとっても美人な編集長さん(板谷由夏)。この子は才能あるわ…とは思うも、素朴な疑問として「セックスしたことあるの?」と訊かれてしまうユマ。絵もストーリーも設定もいいけど、こういうお話にはリアリティがないとね。もっと人生経験を積んでまた出直してらっしゃい。
どうしたものかとユマ。手始めにアダルト動画を見ながらスケッチ(これがまた上手い)。次第に欲は高まり、出会い系、そしてついには歌舞伎町のデリヘルへ。ますます展開が読めなくなってきたぞ…。歌舞伎町の女王にでもなるのか…。
するとここで新キャラ大登場。デリバリーに使ったホテルで偶然出会った車椅子の男性と、彼が贔屓にしているらしい健常者の風俗嬢。さらにはその送り迎えを担当している介護士の青年。ユマはこの3人との出会いで、一気に世界を広げます。買い物、夜遊び、飲酒上等。それまで優しかったお母さんも、介護疲れも相まってさすがに声を荒げてしまい、二人暮らしの母娘大げんか。「私に人生懸けるふりして、そんなんだからお父さんも出て行ったんでしょ!」。ああ、きっと言ってはいけないやつ。同時に、離婚した父親の存在が明らかに。
今度こそ抑えの効かないユマは、家出を決行。とはいえ泊まる場所もなく困っていると、介護士の俊哉さん(大東駿介)が自宅を提供してくれることに。そしてここからまさかの大飛躍、大冒険の始まり! 千葉館山までお父さんに会いに行き、そこで存在を知った生き別れの姉妹に会うため今度はタイへ。 ……タイ!!! まじかよ!!!
このへんからはパスポート云々リアリティに欠けてくるわけですが(笑)ここまできたならもういくらでも飛躍していただいて結構!ということでもはや気にするモードではございません。すげえ展開だな! 1本前に観た『ミッドサマー』でも部屋のトイレから機内のトイレに瞬間移動してたけどそんなどころじゃねえな!
そんなどえらい自分探しを終えて帰ってきたユマ。お母さんにただいまを言い、タイで描いてきたスケッチブックをお土産として見せます。微笑ましくパラパラとめくるお母さん。と、一度手を止め、ページを遡り、表情が固まり、直後、眼から大粒の涙がポタッ、ポタッ。ここの、神野三鈴さんの演技が本当に素晴らしくて…。
基本的にこの映画、泣かせにくるような映画ではないのです。ウェットなところは全然ない。ユマ自身もそうそう泣いたりはしない。ですが終盤いきなり、怒涛の嗚咽ポイントが畳み掛けてきます。特にこのお母さんのシーンは、役者の嗚咽と涙の粒が完全に観客とシンクロする、そんなつくりになっていたように思います。見終わった時、嗚咽を我慢したせいで胸のあたりが筋肉痛みたいになってました。繰り返しますけど、泣かせにくるような映画ではないのですよ。
さあ、そしていくつも成長したユマが帰還後最初に向かったのは、いつぞや持ち込みをした成人コミックの編集部。あらこんにちは。新作を描いたの? そうじゃない。あの時の「人生経験を積んでおいで」をきっかけに人生が広がった、ありがとうと伝えに来た。このラストシーンでのユマは間違いなく劇中でいちばん輝いていました。
「37秒」。それは彼女が生後すぐ、仮死状態だった時間。1秒でも短ければ、もしかしたら健常者だったかもしれない。
風俗嬢の舞さん(渡辺真起子)がユマに言う「障害者とか関係ない。あなた次第だよ」という印象的な台詞があります。多くの人が抱える不可抗力的なハンデ。ユマにとっては「37秒」だし、病気や障害でなくとも家庭の問題など色々あるでしょう。でも結局はその人生、「あなた次第だよ」。きれいごとかもしれないけれど光も見える、そんな映画でした。
(2020年33本目/劇場鑑賞) あらためて言うまでもありませんが、おすすめです!