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PrimeVideoオリジナル「プレイボーイ ~創刊者ヒュー・ヘフナーの物語~」雑感/バニーのイメージがくつがえる上質なドキュメンタリー作品

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これはとんでもない当たりを引いてしまいました。アマゾンPrimeVideoで配信中の「プレイボーイ ~創刊者ヒュー・ヘフナーの物語~」。猛プッシュしていきたいと思います。

「プレイボーイ ~創刊者ヒュー・ヘフナーの物語~」とは

1953年にアメリカで誕生した雑誌「PLAYBOY」の60年以上に渡る歴史を、創刊者ヒュー・ヘフナーの人生と、移り変わっていく近代アメリカ史を交えて記録したドキュメンタリー&ドラマ作品。アーカイブ映像やヒュー・ヘフナー本人含む関係者のインタビュー映像を織り込みながら、再現ドラマのようなかたちでドラマパートも進んでいく。全1シーズン、1エピソード約40分×10話。

「プレイボーイ」と聞くとどんな印象を受けるでしょうか。あのウサギのロゴ、そしてぶっちゃけ「エロ本」。いいイメージを持っているとは言い難いかもしれません。そんな人にこそ、この作品をお勧めします。1話観るだけでも、これまで「プレイボーイ」に対して持っていた印象がひっくり返されるはずです。

※なお、日本の「週刊プレイボーイ」とは全くの無関係だそう。知らなかった…!! でも「月刊プレイボーイ」は「プレイボーイ」の日本版なのだそう。や、ややこしい。ウサギのロゴはともかく、これまで自分が抱いていたプレイボーイに対するイメージというのは果たしてどのプレイボーイに対してだったのかあやしくなってきました。

きっかけはマリリン・モンロー

マリリン・モンロー関連作品をいろいろ観ていたここ数日。PrimeVideoでサジェストされたのがこの作品でした。

第1話のタイトルは「バニー誕生以前:マリリン・モンロー」。マリリンがブレイク前に撮っていたヌード写真をプレイボーイの創刊者が買い取って創刊号に掲載したというのは書籍「マリリン・モンローという生き方」で読んだばかりだったので、マリリン関連のネタ見たさにとりあえず第1話だけ、のつもりで再生。

他に観たいものもあるし、さすがに400分は観ないよと。プレイボーイ自体には興味ないもの、と。そう思っていた時期もありました。まさか全てを差し置いて、届いていた「SMASH」シーズン2のDVDすら差し置いて夢中で観ることになるとは。

夢中になった理由① 意外性

「1940年代、セックスを話題にする人はいなかった」

ヒュー・ヘフナーが思春期を過ごしたのは、性的な事柄が抑制されていた1940年代。映画もヘイズコードでがっちり固められていた時代。この傾向に偽善を感じたヒューは「ヌードを掲載する生活情報誌」を作ろうと考え、半ば自費出版のようなかたちで創刊号を発行。創刊号に相応しい表紙&ピンナップガールを探し続けたヒューが辿り着いたのは、ブレイク直前のマリリン・モンロー。先見の明が、すごすぎる。

そして創刊号は異例の売り上げを記録。以降、性の解放はもとより、言論の自由、当時盛んだった公民権運動のバックアップなど、一般誌では敬遠されていた論題を積極的に取り上げていきます。関係者が「プレイボーイの根底には移り行く時代への適応力がある。急速な変化に適応しながら有用な存在であり続ける」と語ったように、時代の変化に敏感な誌面を作り続けました。

意外じゃないですか。思ってた「プレイボーイ」と違う。もちろん所謂「エロ本」要素も軸としてあるのだけれど、それ以外にそんな内容があったなんて知る由もなく。

また、観ていくほどにヒュー・ヘフナーという人がとにかく真摯であり、周りの意見にもしっかり耳を傾け、的確な投資をし、常に全力投球で雑誌と会社の発展に取り組んでいたことが分かります。この人はすごすぎる。「すごい」じゃ足りない、「すごすぎる」。

夢中になった理由② 近代アメリカ史がわかる

1940年代から激動の50〜70年代を経て現代まで、移りゆく時代とともに「プレイボーイ」とヒュー・ヘフナーは山あり谷ありの奔走を続けていきます。ドキュメント形式になっている本作では、それが結果的に近代アメリカ史のものすごく分かりやすい教科書にもなっているのです。

公民権運動であったり、ケネディ暗殺であったり、ベトナム戦争であったり、それ自体は知っていても、例えば映画で観るにしてもクローズアップされたものになっていて歴史全体の動きとしてはあまり掴めていなかったりして。わたしは歴史の授業が大の苦手だったのでなおさらなんですが。

本作では誌面の変化、新ビジネスへの参入など、プレイボーイ社のあゆみと共に時代の移り変わりを見ることができるので、とにかく分かりやすい。遅ればせながら中学校レベルの歴史を勉強し直したい…と密かに思っているわたしのような人に全力でお勧めしたいです。知識欲が満たされます。

夢中になった理由③ 痛快なサクセスストーリー

マリリン・モンロー起用から始まったヒュー・ヘフナーの「先見の明」は衰えることなく、次々と革新的なものを生み出していきます。初めて折り込みピンナップを採用したのもプレイボーイ誌。それも女性社員の「いい写真。でも縮小されちゃうのが勿体無いわ」という言葉が元でした。これに限らずヒューは社員の意見を常に取り入れようとしていました。

会員制クラブを立ち上げる際に考案されたのが「バニーガール」。紆余曲折を経た衣装デザインが、ヒューのこだわりによってお馴染みのスタイルに出来上がっていく様は思わず拍手したくなります。そもそもの「ウサギ」が生まれた経緯もおもしろい。あの時の「鹿」に感謝せねばなりません。

実際に観て「うわーすげえ」となっていただきたいのであんまり細かく書きたくないのですが、順風満帆、出すもの全てが的確に当たっていくサクセスストーリーというのはこんなにも痛快なものなんですね。

当初、「プレイボーイの顔」には若干そぐわない真面目な青年だったヒュー。次第に、戦略としてブランドのフロントマンたる「ヒュー・ヘフナー像」を自ら作り上げ、変わっていきます。正真正銘の億万長者となったヒューのお金の使い方がまたなんとも気持ちいいのです。特に好きなのが「地上より飛行機で過ごす時間のほうが長くなった私は、引っ越すことにした。空の上へ。」からの自家用機「ビッグ・バニー」購入。掴みが良すぎる!!

いやもうほんと、この痛快な億万長者っぷりをぜひお楽しみください。ここまでくると妬ましさとか通り越して純粋にエンタテインメントです。

半端じゃないバイタリティ

当然ながら、常に順風満帆ともいきません。ラスト3話ほどでは苦難も描かれます。それもヒュー本人ではなく、周りが巻き込まれるかたちでのショッキングな事件が多数起きます。気遣いに満ちたヒューの性格を見るに、自分が巻き込まれるより遥かにこたえたはず。観ていても感情移入してしまってなかなかつらいです。

さらには会社自体の傾きも打撃を与えます。しかし何度失敗しようとも、普通ならとうに投げ出していそうな状況においても、また立ち上がり立て直そうとする根気強さ、バイタリティ。ヒュー曰く「落ち込んだが、すぐに『人生はまだ続く』と気付いた」。並の人間にはとても辿り着けない思考です。先見の明と異常なほどのバイタリティが、「プレイボーイ」という不動のブランドを作り上げたのでしょう。

ヒュー・ヘフナーと女性

「女を切らさない主義」と語ったヒュー。多くの女性と付き合い、何度も結婚をしています。冒頭部でも登場する、絵に描いたような酒池肉林(誤用らしいけれど他に表現が思い当たらない)の光景は衝撃的です。交際・結婚相手との関係を終えるきっかけは様々ですが、本作で見る限りどの相手とも友人関係は保っているようで、退きのいい男性だったんだろうなと思います。

成人男性向け雑誌の会社にも関わらず、創業当時から女性社員が多いのも印象的でした。前述のように女性社員の発案で実現した企画もありました。また、会社が大きく傾いた際にも満を持して自分の娘(既に7年間もいち社員として働いていたという)を社長に就任させるなど、家族もしっかり味方につけていました。

「女性を売り物にしている」と揶揄されがちな商売でしたが、「売り物」として前線で働く女性たちの権利も尊重していたように見えます。例えばバニーガールの訓練役は「バニー・マザー」と呼ばれる女性に任されていたそうですし、かつてのマリリン・モンローのように過去のヌード写真が流出してしまった女優に対しても当人が掲載を拒否している場合は載せなかったりと(他誌は掲載した)、一線を守る理念がありました。

希望してその職に就いた女性にとってはこの上なく働きやすい環境、理想の上司だったのではと、あくまで「本作で見る限りは」思われます。

インターネットの時代まで生き続けたヒューは、2年前、2017年9月に91歳で人生を終えました。それも自宅での自然死ということで、なんとよくできた人生なのでしょう。ちなみに彼の墓はなんとマリリン・モンローの隣。最期の最期まで痛快です。

無論つらいことも沢山ある人生だったはずですが、90年代のインタビューでは「自分の人生を書き直せるとしても句読点を直す程度だね」と語っています。思わずため息の出てしまう名言。いや、じゃあ身の回りに起きた悲劇なんかもそれはそれよと思ってるわけ?と腑に落ちない気持ちも一瞬生じました。でもよく考えてみると「句読点」って結構大きくて、「あそこで立ち止まらなければよかった…」「あそこで終わりにしたくはなかった…」そんな後悔が含まれた三文字なのかもしれません。

とまあ、かなり長く書いてしまいましたけども、これでもまだほんのさわりしか書いていません。ぜひ、騙されたと思ってご覧いただきたい作品です。

ただ一応注意点として、創刊号からヌードを掲載しているような雑誌のため、全編通しておびただしい数のトップレス女性が登場します。お茶の間向けではないですし万人向けとも言い切れるものではないので(ヒュー・ヘフナーの理念を踏まえれば、万人向けじゃないとは言いたくないですが)その点のみご留意くださいませ。