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主に映画のあらすじと(まとまりのない)感想文

大統領の陰謀(1976)

大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日 (文春文庫)

大統領の陰謀―ニクソンを追いつめた300日 (文春文庫)

先日観たデヴィッド・フィンチャー監督の「ゾディアック(2007)」が大いに影響を受けている、みたいな話を聞いたので鑑賞。原題は「All the President's Men」で、マザーグースからのもじりだそう。「裏切りのサーカス(Tinker Tailor Soldier Spy/2011)」もそうでしたね。マザーグース、必修科目…。

あらすじ

アメリカの歴史的な政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」。その発端からニクソン大統領の辞任までを、ワシントン・ポスト社の若手記者2名の目線から描いた作品。記者2名は実在の人物であり、本作は彼らの出版した手記を原作として制作されている。

ウォーターゲート事件、名前は聞いたことがありますがどんな事件なのかはよく知らず(「フォレスト・ガンプ(1994)」で現場に居合わせるシーンが出てきたかな、程度)。それに加え、本作じつは「アメリカ国民が騒ぎ出す前の段階」を描いているのだそうで、より難しい、地味な作品になっているということです。なので、事件の概要についてはWikipediaなどをご参照ください(笑)

ウォーターゲート事件 - Wikipedia

難しいということはイコールつまらないのか。ノーです。じわじわ、ものすごくおもしろかったです。

黒電話とタイプライターと紙媒体に萌える映画

本作、ただただ新聞記者が取材してタイプを打つだけの映画です。危険な題材を扱っているのに拳銃のひとつも出てきません。しかし!ドンパチしてないと思ったら大間違い。編集部のタイプライターが常に叩き続けられています。このタイプライター、めちゃくちゃ重量感あって格好良いのです。マクロ撮影されたタイプライターと銃器のようなタイプ音で始まって終わるという構成からしても、本作における主な武器と言えるでしょう。

そして黒電話。ジーコジーコ回す黒電話。現役なこの時代に「回す」ことをここまでクローズアップしてるのって、先見の明なのでは? そのうちきっと「古いけどかっこいいもの」になるぞ、と意識して撮ってるのでは? 考えすぎ…? まあとにかく黒電話、こちらも重量感があって非常に格好良いです。また、この時代の電話アクションにつきものな内線芸。ガチャガチャと回線を切り替えながら平行通話、ときには他の受話器から盗み聞きしたり、みたいなのがいちいち小気味良いです。銃撃戦のような緊張感も演出してくれます。

それから紙媒体。電話しながら取るメモだとか、電話帳、各種資料、当然ですけどみんな紙。パソコンもインターネットもない時代、非効率がもたらすやはり小気味の良さ。特にメモがですね、わたし映画観ながら手元のノートでメモしてるんですけど、それとも通じるところがあってすごい気に入ってしまいました。いちいちペンが違ったり、書く場所がまちまちだったり、読めなかったり。メモっていいですよね。

撮影の妙

例によって町山さんの映画塾で知ったのですが、本作の主な舞台となるワシントン・ポスト編集部のオフィスはセット撮影で、広く見えるように遠近感を強調した作りになっているのだそうです。つまり、奥にいくほどセットや小道具の縮尺を小さくしている、なんなら人間も背の低い人を奥に配置している、らしいです。そう思って観直してみても正直あまりわからなかったのですけど(それだけうまくやっている…のでしょう)個人的にめちゃくちゃわくわくする情報です。

それからこちらは偶然自分でも気づいていた&しっかり町山さんも取り上げてくれていた点で、開始48分頃からの長回しシーンで登場する、ある不思議な光景。ウッドワードが華麗な電話芸を繰り広げている右側から左側に視点を移すと、セットの奥ではテレビの前に編集者たちが集まって何かの行方を見守っています。そしてまた右側に視点を戻したとき、気付くのです。あれっ? 左右で被写界深度が違うぞ??

右側、ウッドワードのほうは被写界深度浅めの、背景がボケた映像。対する左側はくっきりとパンフォーカスになっており、それによってさっきの「何やら集まってるモブたち」がよく見えたわけです。これはどういうこっちゃ??合成??いや左右でリアルタイムに人が横切ってるし違うな…などと狐につままれたような気持ちになっていたところ、これは「ツーフィールドフィルター」という特殊なレンズフィルターの効果なのだそう。

ケンコー ツーフィールドの使い方 / kenko two-field - ブラ○モトシ

なるほど確かにこれだ! チルトシフトみたいですね。しかし使いづらそうなアイテムだ…(笑) しかもこの長回しシーン、のちにカメラが右側にパンしていくとツーフィールドの効果が終わって全体的に被写界深度浅めに統一されるんですよ。リアルタイムにフィルターを外してるわけですよね。すごいな…。同じフィルターを使ったと思われるシーンは他にも出てくるので探してみてください。

ちなみに結局「左側のモブ劇」が何を意味しているかは分からなかったんですが(何かしらのニュースの動向に一喜一憂しているっぽいことしか分からない)、無条件に面白くてすごく好きなシーンです。これを見て、よく「市民ケーン(1941)」で言われるパンフォーカスの可能性というものが実感できた気がします。


撮影を担当しているのはゴードン・ウィリスという方で、わたし存じ上げなかったのですが「ゴッド・ファーザー」シリーズなどを手掛け、独創的な照明の使い方で後世に大きな影響を与えた名匠だそうです。オフィスのシーンで使われている蛍光灯の照明というのも当時は革新的だったとか。その方の技がわかりやすく見れるのは、一貫して闇に溶け込ませた演出の〝ディープ・スロート〟氏。コナンの犯人レベルに真っ黒で見えないその姿は、見えないのに超印象的です。

諸々影響を受けたと言われるフィンチャー監督の「ゾディアック」ですが、妙に淡々とした車の空撮シーンは特にそれを思わせました(2回出てくるのは同じ映像の使い回し?)。あと「ゾディアック」繋がりで「ダーティハリー(1971)」っぽいなと思ったのは極端な「引き」のショット。図書館で貸出カードを調べている手元のアップ(二人の距離が近い! 理想的なバディもの!)からまさかの空撮レベルな「超・引き」になるシーンなんかは、「ダーティハリー」のスタジアムのシーンを思わせる「まさかの引き」だなあ、とか。

なんてかっこいい映画だろう

エンドロールに入った瞬間そう思いました。主役のふたりはもちろん、主幹がじわじわと「最高の上司」を滲ませてくるところもシビれます。「明日の朝刊に載せろ」と言われただけでこっちまでこんなに嬉しくなってしまうのはなんだ、なんなんだ。

とにかくひたすら電話かけてメモして駆け回って取材して、ドンパチもラブストーリーも一切なく、ほぼほぼ男たちだけの映画なのに、真の中心人物であるニクソン大統領はニュース映像でしか出てこないのに、いちばんカタルシスになり得るところをタイプの文字でしか言及していないのに、不可解なほどのおもしろさ。これが良い映画というものなんでしょうな…。

最近公開されたスピルバーグ監督の「ペンタゴン・ペーパーズ」もこの映画に繋がってくる話だということを知りものすごく観たくなってしまいました。トム・ハンクスの役があの主幹だったとは。確かにデスクに足放り投げてるわ。劇場でもやってなくてソフト化もされていない、いちばんもどかしいタイミング。早く観たい…! というわけでとりあえず「大統領の陰謀」、とってもおすすめです。

(2018年103本目)