黒澤明監督作品「羅生門(1950)」雑感|こんなにもシニカルでホラーでカルトなサスペンスコメディ、だったとは
まだ観てないんですと言いづらい映画の個人的筆頭『羅生門』をようやく観ました。国立映画アーカイブで特別展示が始まったらしいぞ、行きたいな、その前に観ないとな、っていう謎な流れです。
言わずもがな芥川龍之介を原作とした黒澤明監督の作品ですが、芥川龍之介を読んだことすらないわたしとしては「地味そう、難しそう」という勝手なイメージからずっと敬遠していたのです。だってなんかストーリーを検索すると「老婆が死人の髪を抜いて……」みたいなのが出てくるもんですから、老婆が死人の髪を抜くような映画あんまり観たくねえなと思いまして。でもじつは芥川龍之介の『羅生門』は主にそのタイトルと舞台設定を借用しているのみで、中身は『藪の中』という作品がもとになっているのですね。んでもって映画のテイストは難解どころかシニカルなコメディだったのでした。
ときは平安時代、半壊した「羅生門」の下で雨宿りをする3人の男たち。志村喬さん演じる男が「分かんねェ、さっぱり分かんねェ」と口を開いて物語が始まります。めちゃくちゃキャッチーだと思いました。これ当時キャッチコピーになってたりしないですかね、しないか。妙な喩えをするならば、「例えば」から歌い出すミスチルの『HERO』を初めて聴いたときのような衝撃ですね。いきなり分かんねェのかよ、いきなり例えるのかよ。こういうの掴まれるほうです。
分かんねェってお前いったいぜんたい何が分かんねェってんだ、ってことでかくかくしかじか回想が始まるのですが、なんでも殺人事件があったと。で、第一発見者や犯人、関係者たちが取り調べを受けたのだけどみんな見事に違うことを言ってやがると。その三者三様すぎる証言がそれぞれ再現ドラマとして見せられるわけです。基本的にはそれだけの映画なんですけども、シンプルがゆえに面白い。これ2回目もっと面白いんじゃないかなと思って観てみたら当然面白かった(90分なんでさくっと観返せます)。未見の方はぜひまず、どうぞ。
見どころとしては、本作ざっくり言うと京マチ子さん演じる平安美人を取り合って男たちが争うお話なんですが、その京マチ子さんがめちゃくちゃいいです。三船敏郎を食うぐらいの存在感がある、すげえ女です。平安眉がこんなに魅力的とは思わなかったし、さすがセクシー系女優というべきかふとしたときに見せる色気が尋常ではない。特に指先の演技が素晴らしいです。
全体に漂うシュールさもたまりません。検非違使(警察みたいなところ)で取り調べを受けているシーンがちょくちょく挟まれるのですが、そこの「塀があるだけ」な低予算感がまず可笑しいし、出頭した者たちが供述をする相手も声すら登場しない。供述している人物以外は後方に控えていて、それがまたなんとも(ただ座っているだけなのに)笑えてしまう。動きの少ないこの場面における最大の見せ場は「霊媒師」のシーンでしょう。あれはトラウマ級のホラー。全てが斬新すぎる。もはやカルトムービー。大好き。
対して、男たちが女を巡って争う山中のシーンでは派手なアクションも見れます。まるで漫画のように背景を流してビューーーーッと走る演出が印象的です。カメラと身体を紐で結びカメラの周りをぐるぐる回って撮ったのだそうですが、これはきっと当時みんな真似したんじゃないでしょうか。それ以外にもとにかく草木のなかを猛獣のように駆け回る三船敏郎がたっぷり見れます。あのバカみたいな大笑いはのちの菊千代(七人の侍)などにも繋がっていくのかな。
音楽も凝っていました。各人の回想シーンは言ってしまえばそれぞれに都合のいい物語をでっち上げている場面なので、笑っちゃうほど派手な音楽演出がなされてます(ボレロ風のとかおもしろい)。でも最後の回想では音楽演出がなくなるのです。きっとあれは真実だったんでしょう。最後の最後のやつも、うーん、疑わしいけど、あそこで怒った彼の感情は本物だと思うから信じておかないと世も末かしら(でも去り際の表情うさんくせえ〜〜)。
事後から始まる回想スタイルのサスペンス、のちの作品に多大なる影響を与えているであろうことは間違いないのですが、構造以外のところでふと連想したものがあったのでひとつ挙げておきます。まずこれ、本作のタイトルバック。
ひし形のタイル、というか、日本風に言うとなんでしょう、パッと言葉が出ませんが、とにかくひし形に見えるこの地面と、雨。水ですね。そこから真っ先に連想したのがこちらになります。
『ROMA/ローマ(2018)』のタイトルバック! アルフォンソ・キュアロン監督は黒澤明監督をかなりリスペクトしているようですから、仮に無意識としてもこのオープニングシーンは『羅生門』の影響下にあるんじゃないかと思いました。ちなみにわたしはこのオープニングがめちゃくちゃ好きです。何時間でも見ていたい。
以上、今更ながら『羅生門』を観た記録でございました。国立映画アーカイブの展示は、羅生門セットの再現模型が入ってから(10/20〜らしい)行くつもりです。
(2020年162本目/PrimeVideo&U-NEXT)
- 発売日: 2009/02/06
- メディア: Blu-ray