『フィフティ・ピープル』という韓国の小説を読みました。韓国文学なんて全く馴染みのないジャンルを手に取るきっかけ、これじつは翻訳家の斎藤真理子さんに惚れ込んだことから始まったのでした。
毎度お馴染みのお役立ちラジオ番組「アフター6ジャンクション」では翻訳家さんをお招きしての特集が度々おこなわれているのですが、それらを聴いていくうちに斎藤真理子さんという韓国文学の翻訳家さんが、この方ちょっと、トークにおける語彙の選択がたまらなく好みだぞと。
最後に聴いていたのはこのあたり。Spotify等で他にも複数聴けますのでご興味ある方はぜひ。斎藤さん以外の方々もお話がとても面白いです!
訳書ではなく、翻訳家さんの日本語の語彙にまず惚れ込んでしまったわけです。これほど楽しい表現をぽんぽん出せる方なら、その訳書も絶対に面白かろうと。そんな理由で試しに買ってみた本、それが今回おすすめする『フィフティ・ピープル』です。予想は的中。訳書としての文体も、そもそもの内容も、すばらしい一冊でした。
- 作者:チョン・セラン
- 発売日: 2018/09/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
ざっくりどんな本なのかというと。たとえば、通勤路で毎朝すれ違う人、いますよね。毎日見かけるけど顔しか知らない人。そんな人にも当然名前があって、それぞれの人生があります。というのを50人ぶんほど書き綴ったのがこの本です(著者のチョン・セランさんはなんと、渋谷のスクランブル交差点を上から眺めているときに本書の構想を思いついたのだとか)。
毎回主人公を変えショートショートのような形式で1人ずつ綴られていく物語。最初のうちは短編集でしかないのが、読み進めるごとに様々なかたちで「接点」が登場。これは壮大な群像劇なのだと気付かされます。物語の背景に、周辺に、いつしか「知った顔」が増えている感覚は、とても楽しい読書体験でした。
物語の内容は日常的なものからへヴィーなものまで多様。共通のスポットとして大学病院が中心に据えられているため生死にまつわるエピソードも多い反面、のたうちまわるほど甘い恋物語のようなものもあったりして油断禁物です。
読み始めた当初、10ページ足らずのこんな短さで物語って成立するんだ、こんなにもあっさり没入させられてしまうものなんだ、とびっくりしました。一編一編の満足度が高すぎて一度にあまり読み進められず、だいぶスローペースで読むことになりましたが、なんたって50人分の人生です。大切に読むことができて結果的にはよかったと思います。
最後まで読み終わったらまたすぐ最初から読み直したくなる仕掛けも秀逸です。末尾には「人名索引」が用意されていて、こんなふうに書いてあります。「この作品では、登場人物たちは、他人の章にあちこち顔を出します。そんな再登場キャラを見つけたら、ページ番号を書き込んでいって、索引を完成させてください」。これを活用した二周目はより楽しめそうです。
映画などで見ていると、だいぶ日本とは違うように思える韓国の人と文化。しかしこの本を読むと、内面には大した違いなんてないんだなあと思わされます。そのうえで韓国の社会問題もさりげなく描かれていくので(訳者あとがきで詳しく補足してくださっており勉強になります)、ただのフィクション作品には留まらない意義があります。もちろん「へー、映画館でスルメ売ってるんだ」とかそういう軽微な違いを発見する楽しみもあります。
とにもかくにも、とてもとてもおすすめの一冊です! この良さはなかなか伝えきれないので、ご興味持たれましたらぜひお読みになってみてください。ほどよい分厚さにポップな装丁、本としての所有感の良さも魅力かなと思いました。
- 作者:チョン・セラン
- 発売日: 2018/09/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
ちなみにわたしの好きなエピソードは「めがねモデル」と「キム・ヒョッキン」。序盤メンバーの印象強し、です。