岩井俊二監督作品『花とアリス(2004)』の前日譚的アニメーション作品『花とアリス殺人事件』を観ました。約10年の期間を経て制作されたもので、監督は同じく岩井俊二。実写映画だった『花とアリス』に対し今回はアニメなので、声の出演としてやはり同じく蒼井優と鈴木杏、ほか。
あらすじ
アリス(蒼井優)と花(鈴木杏)が出会ったのは中学三年生のある日。アリスは転校生、花は引きこもりだった。クラス内で流れる「ユダ殺人事件」という得体の知れない噂に転校早々振り回されたアリスは、手がかりを掴もうとして隣家のドアを叩く。「花屋敷」と呼ばれたその家から訝しげに出てきた少女は花。初対面で怪訝な顔の花に事情を説明すると、彼女は妙案を思いつく。そして二人の冒険と友情が始まる。
雑感
先日『ラストレター(2020)』で初めて岩井作品に触れた際、実写なのにアニメっぽい空気感があるように感じたのですが、本作を観てやはり岩井監督はアニメとの相性がいい!と思いました。
実写映像をトレースする「ロトスコープ」と呼ばれる手法で作られた独特のアニメ絵は、陰影のない塗りで統一されていることもあり一枚絵で見るとあまり期待できないものでしたが、実際に観てみるとすぐに違和感は消えて、むしろどこに違和感を覚えていたのか分からなくなるほど。
実写映画の前日譚をアニメで作るということ自体も、思っていた以上にすごくよい結果が出ていました。10年越しの制作でしかも続編ではなく前日譚。舞台を同じにする場合、建物など古めかしくなっていてはいけないわけです。その点アニメならいくらでも10年前に撮った世界を再現できる。案外、得策です。
さてこの作品、アリスと花がまだ中学生だった頃のお話。というわけで確信したことがひとつ。ずばり、岩井作品の真髄は「女子中学生」にあり。一般的には女子高生という存在のほうが神格化されがちですけども、なぜか岩井監督の手にかかると女子中学生のほうが尊く見える気がします。
高校生までいくと大人っぽさも出てくるのに対して、中学生ってまだ「子供」の要素が強くて独特。本作後半の「小さな大冒険」が成立するのは中学生だからこそじゃないかなあと。高校生にもなってトラックの下で寝てたらさすがに違和感ありますし(笑)
中学生というと、岩井作品ではまず『Love Letter(1995)』でしょうか。回想シーンもいいのですが、大人になってから母校の図書室で現役生と交流するシーン、あそこに出てくる子たちの女子中学生感がすごくて、そうそうそう中学生こんな感じ!!ってなりました。
ちなみに本作、『Love Letter』で鈴木蘭々さんが演じた役そのまんまの子が登場するというサプライズあり。もしやと思ったら、声も鈴木蘭々さんが演じていました。名前は違いますが両方観た人は絶対わかるやつ。いいですね、こういうの。
陸奥睦美のそのまんま及川早苗に気づかれてしまった。@hanatoalice2015 「シネマトゥデイ」にてライターのくれい響さんに『花とアリス殺人事件』をご紹介いただきました!http://t.co/Y8iVO3IVLT #花とアリス殺人事件
— 岩井俊二 (@sindyeye) February 24, 2015
他には、『ラストレター』の現在パートで森七菜さんが演じている役。あの子てっきり高校生設定だと思っていて(回想パートの森七菜さんは高校生役なので)そのわりには言動がいちいち中学生だよなと感じてたんですが、よく見たら14歳設定で、なんだやっぱり!と。さすがの描写です。
逆に『リリイ・シュシュのすべて(2001)』の中学生たちは中学生感がないように感じます。あれは高校生寄りじゃないかなあと。少なくとも『リリイ・シュシュ〜』と『花とアリス』シリーズ、同じ監督の作品とは思えない二作品ですね(笑)
この二作品にはどちらも「いじめ」が出てきますが、その描き方もまた対照的で、『リリイ・シュシュ〜』は陰湿そのもの、対する本作も陰湿になるのかと思いきや「いじめられっ子」側が強烈に強いという新しいタイプ。「転校生ナメんなゴラ!!」からの、むしろ執拗な「いじめっ子」ボコりが斬新かつ痛快でございました。また前述した鈴木蘭々さんが演じる子なりの「いじめ打破法」もおもしろかったです。この映画からヒントを得て救われる子がいるといいなと思いました。
前日譚というポジションでありながら単品で観ても普通に楽しめる作品でしたが、もちろん前日譚的楽しさも詰まってます。彼女たちがバレエ教室に通うようになるいきさつだとか、あくまで名前は「徹子」であるアリスのことを誰が最初に「アリス」と呼んだのかとか(意外な子がキーマン)、アリスと花の家の位置関係とか、花はあの寿限無先輩の一件以前から「瞬時に悪だくみが降りてくる」タイプの人間だったという描写とか。
転校初日、黒板に違う名字を書きかけて消す、という数秒の仕草でアリスのここまでを説明する演出も巧みです。ていうか黒柳! 黒柳徹子だったんかい! なんか岩井監督ってそういうところでリアリティラインを極端に下げるようなところありますよね。本作の漫画家駅名シリーズ(黎明線火の鳥駅、には笑った)とか、『ラストレター』の仲田賀井高等学校とか。そんなん本筋から気が逸れるわ、ってくらいテキトーなネーミングをしてくる謎。
そんなこんなで、かなり楽しめる作品でした。なんなら『花とアリス』よりしっくりきたかもしれません。もっと「岩井アニメ」を観てみたいです。
(2020年21本目/PrimeVideo)
『花とアリス』の感想はこちら。